(『66歳、家も人生もリノベーション』より)
窓は天使の羽のよう
ロンドンから帰国したとき、もういいかな、と思ったんです。
たとえば京都ではあえて不便な暮らしをしていました。家電をなるべく使わないようにするとか。キモノも着ました。それはそれで楽しかった。
でももういいよね。京都から引退。知っている人が誰もいない水辺で、のんびり暮らしたい。
琵琶湖だけでなく、富士五湖のあたりも見に行きました。でも条件に合う物件がなくて、じゃあ、もう川のそばでも池でもいいか、と諦めかけていたとき、不動産業者が連れてきてくれたのが、ここ、今の小屋でした。
売り主の希望で、ネットには出ていなかったのです。
会社の保養所として建てられた、湖畔の古い小屋。デッキは朽ち落ちている。壁には蔦が絡まり、シャッターは錆びて。空き家というより廃屋。
でも見た瞬間、ここがいい、と思った。
外観のデザインがよかった。平屋だけどロフトがついている。そのロフトの窓がアルミサッシではなく鉄枠。これはボロではなく、ビンテージです。おまけに形がユニーク、上辺が斜めなのです。天窓のよう。ここに寝そべったら、星が眺められるかも。いい、うん、いい。
私、昔から建物でいちばん先に見るのが窓なのです。
インテリアは窓で決まる、と思っているんですよね。
いつか寝たきりの生活になったなら、天窓のある部屋に住んでいたい。ま、夢ですけどね。でもいいと思いませんか。ベッドの上に天窓があれば、動けなくなっても、景色を眺めることができる。空はいちばん大きな世界です。
月や星、雨のしずくがかかる窓。雪が覆う窓。
ああ、きれいね、と感じながら、人生の最期を過ごしたいのです。
ロンドンで住んでいた部屋の窓も素敵でした。文化財の指定を受けている建物でしたから、屋根裏の窓でも、二重窓の外窓は木製、金具は真鍮。洋画でよく見るような観音開きの窓。もうそれだけで私のインテリアは完成。
外に開かれるから開放感があるんですよね。天使の羽のようでした。
日本から連れていった2匹の猫も窓辺でよくひなたぼっこをしていたなあ。
もちろん今の小屋ではこのロフトが私の部屋になりました。二方向についている窓を眺めてはうっとり。楽しんでいたんですけどね。ロフトだから階段がないんです。梯子で上がる。それも壁に垂直の梯子。
65歳になり、この梯子での上り下りが億劫になってきた。で、夫と部屋を交換。私は一階の湖側へ移動しました。細長い窓辺のコーナー。
窓はアルミサッシです。だから麻布で覆ってしまいました。でも少しだけ湖が見えます。水とつながっています。
本記事は『66歳、家も人生もリノベーション』(主婦と生活社)からの抜粋です
麻生 圭子(あそう・けいこ)
作詞家として数々のヒット曲を手掛けたのち、、聴力が衰える病気「若年発症型両側性感音難聴」が深刻化し、エッセイストに転身。京都町家暮らし、ロンドン生活を経て、2016年より琵琶湖のほとりに住む。2023年11月『66歳、家も人生もリノベーション』(主婦と生活社)を発売。
◇ ◇ ◇
80年代アイドル曲の作詞家からエッセイストへ、転身のわけは、難病(若年発症型両側性感音難聴)の進行。そして、人工内耳を入れたいま、66歳にして、音とともに新たな人生が始まりました。
麻生圭子さんの軽やかで清々しい言葉で綴られた、新しい人生のための再構築についてのエッセイ集。
古い小屋を夫婦でセルフリノベーションして自分に素直に、自由な気持ちで。まさに、家も人生もリノベーション! これから先の人生を愉しむヒントになるはずです。