幸せに暮らす家猫を見て、思い出すこと
うちの猫たちはダンボール箱が好きです。怖がりもしなければ、嫌がりもせずすすんで入ります。それはきっと、一度だって、ダンボールに入れられて捨てられたことがないから。
さらに、ごはんが欲しいとき、みんな、のんびり待ちます。泣き叫んだり、もらえないかもしれない、と不安がったりしません。それはきっと、いつだって、お腹いっぱいの日々を過ごしているから。
愛されること。
ひとりぼっちじゃないこと。
ひもじくないこと。
それは、すべて「あたりまえ」。家で幸せに暮らす猫にとっては。
動物病院で出合った、傷だらけの黒猫
もう十年も昔の話です。
ある日、私は家の猫の抗がん剤治療のために動物病院に行きました。すると、入院室に一匹の黒猫がいました。
キラキラのお目目とかわいい声とは対照的に、体は骨と皮だけで、ところどころにある深い傷痕が痛々しく目に留まりました。
訊くと、おそらく人間に捨てられた子が野良生活にもなじめず、ケンカでつけられたのか赤ちゃんのこぶしほどの膿を持つ傷と、熱い場所でも歩いたのか、ただれた肉球でさまよっていたのだそう。
優しい方が病院に連れてきてくれたけれど、その方もご病気で、黒猫は傷が治り次第、また野良に戻されるといいます。
生きていけるのか……。
食べても食べても満ちることのない空腹を抱える黒猫。それでも、傷がふさがるまでのわずかな時間に、獣医さんはその子の里親さんを探すことを決意しました。
ブログで里親探し
私もブログに書き、当時親交のあった絵日記ブロガーさんにもそのことを伝えます。
けっして小さな子猫ではない、血統書もついていない猫。里親さんが現れるとはなかなか期待できませんでした。ところが――
翌朝、一番で、動物病院から電話が。出ると、「問い合わせがありましたよ!」の嬉しそうな獣医さんの声。とはいえ、お見合いだけで終わるかな……と里親探しの難しさを知っているからこそ諦めていたのですが、夕方、さらに「決まりました!」のご報告。
なんと、その絵日記ブロガーさんのブログから、来てくださったそうです。
ブログの名前は「もう少し、生きてみようじゃないか……」。私自身、この名前に惹かれ読み始めたのですが、思えば、今回の黒猫にも伝えたかったメッセージ。
人に裏切られても、苦しい思いをしても、明るい未来は待っている。もう少し、生きてみようじゃないか……。
今、黒猫は、「ジジ」という名前をもらって、まるで魔女の宅急便のキキちゃんのようなかわいらしい女の子のいるお家で、しあわせに暮らしています。
生きていてよかったね。「もう少し」と言わず、もっともっと生きようね。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」