(『天然生活』2021年9月号掲載)
お互いを尊重しながら、ときに支え合う9人暮らし
家族構成:夫、妻、娘家族(4人)、息子家族(3人)の3世帯
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
神奈川・葉山にある坂井より子さんの自宅は5年前、3世帯同居用に建て直した家です。1階が坂井さん夫婦、2階が長女の真理子さん夫妻と高校1年生の花ちゃん、中学3年生の海くん家族、3階が長男の文雄さん夫妻と中学1年生の瀬奈ちゃん家族の住まいです。
玄関は3世帯とも別々。1階と2階は中でつながっていて、3階は外から出入りするつくりです。
「とはいえ、お互いの家を自由に行き来しています。娘やお嫁さんがおかずをつくって持ってきてくれることもあるし、私が出かけているときでも、わが家の冷蔵庫から必要なものを持って行ったりします。郵便物や荷物はすべて1階のわが家に届くので、私が仕分けしておき、それぞれが持っていくのが習慣。子どもたち宛てに要冷蔵の荷物が届いたら、留守中の2階や3階に上がらせてもらって冷蔵庫に入れておくこともあります」
同居にあたってきちんとルールを決めたわけではなく、自然とそれが習慣に。「うちはみんな、おおらかというか、いい加減なのよ」と坂井さんは笑います。
平日の夜、みんなで囲む食卓がコミュニケーションの要
娘夫婦、息子夫婦とも仕事をしていて、孫たちも学校に通う日々。それぞれに忙しい生活を送る一家が顔をそろえるのは、平日の夕食時です。9人分の夕食をつくるのが坂井さんの毎日の仕事。
「大変と思うこともあるけれど、気持ちを切り替えて台所に立ちます。それに考えてみると、夫婦ふたり分だけの食事だったら張り合いがないでしょう。みんなに『おいしい』といってもらえるのはなによりうれしい。一番喜んでくれるのがアメリカ人のお婿さん。『ばあば、おいしかった!』って本当にうれしそうにいってくれるの」
仕事や学校を終えた家族が食卓につくのは、毎晩7時ごろ。坂井さんがつくる料理を囲んだにぎやかな食卓が、それぞれ生活が異なる家族の大切なコミュニケーションの場になっているのです。
「でも、週末の夕食は別です。若い人たちは出かけたりもするし、それぞれの時間も大切でしょう」
長女の真理子さんも、「平日は大人数で過ごす分、週末はなるべく家族4人の時間を大切にするようにはしています」と話します。
みんなで過ごす時間とそれぞれの世帯で過ごす時間のどちらも大切にする。これが気持ちよく暮らすための秘訣のようです。
お互いの暮らしや考え方に口出しをしないことが大事
娘と息子のパートナーは、坂井さんにとってはいわば他人。突然一緒に暮らすことになったとき、戸惑いはなかったのでしょうか。
「それはまったくなかったですね。娘と息子と同じ家族、という感覚。分け隔てなく接するようには心がけています。娘とばかり行動しないとか、お嫁さんとたくさん話すとか。気を遣っているというわけではないんですが、自然とそういうことは意識しています」
もうひとつ、みんなで暮らすにあたって、坂井さんが心がけている大切なことがあります。
「干渉しない、ということ。たとえば、たまに娘や息子家族と一緒に買い物に行くと『一度にこんなにたくさん買うの!? 』ってびっくりすることもあります。年を重ねた分、むだが見えてしまう部分もあるんでしょうね。でも口出しは一切しません。子育てについても、自分たちの時代とは違うと思うことがあっても黙っています。家族とはいえ、娘も息子も独立して所帯をもっている。それぞれのやり方に立ち入ることはしません」
それは坂井さんだけではなく、家族みんなが自然と心がけていること。真理子さんもこう話してくれました。
「たとえば弟の家族の考え方がわが家とは違うと思うことがあっても、口には出しません。向こうも同じように思っているはず。お互いのやり方をリスペクトすることが大切だと思います」
暮らし方も性格もそれぞれに違う9人がひとつ屋根の下で暮らす。そのためには、それぞれの「個」を尊重しつつ、必要なときに支え合う。そんな気持ちをもつことが大切なのかもしれません。
「孫たちは学校へ出かけるときや帰ってきたときは必ず『行ってきます』『ただいま』とひと声かけてくれるの。大家族にはもちろん一長一短があるけれど、私にとってはよいことのほうが多いですね」
そう話す坂井さん。今日も台所に立ち、喜ぶ家族の顔を思い浮かべながら夕食をつくります。
* * *
<撮影/柳原久子 取材・文/嶌 陽子>
坂井より子(さかい・よりこ)
1946年生まれ。主婦としての豊富な経験を生かし、やさしい家庭料理や暮らしの知恵を伝授。幅広い世代の女性から支持を集めている著書に『暮らしをつむぐ』『受け継ぐ暮らし』(ともに技術評論社)。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです