(『財布は軽く、暮らしはシンプル。74歳、心はいつもエレガンス』より)
友達は、いざというときは必要。でも、あまりいらない
ひとり暮らしこそ、友達の存在が大事。昨今、増える単身の高齢者にそう呼びかけられることも増えました。ですが、私の場合は逆です。驚かれるかもしれませんが、むしろ友達とはほとんど離ればなれになりました。
それでも、心が通じ合う数少ない友達はいます。でも頻繁に会うような友達はいません。一定の距離感が大事であって、べったりする相手はいらないからです。
それに私の場合は、交際費をゼロにするということを日々のルールにしているので、自然とひとり行動をするようになっています。
友達がいないことは、究極の節約術でもあります。ひとりで自分の生活をつくり上げていく、この孤独の「ケチカロジー」(ケチカロジーとは私が考えた、ケチとエコロジーを融合させた造語です)こそ、交際費のゼロ化を目指す最強の方策です。
もちろん私も「友達のありがたさ」を知っています。ケチカロジーなどよりずっと勝った宝物は、友達なのです。
災害時には国際的規模による“トモダチ作戦”というのもありました。そんな特殊な例でなくても、ご近所や親しい人の助けによって命を救われた例は山ほどあります。
でも、その目的のために友達を大事にするというのは、本末転倒ではないでしょうか?
ひとりはさみしいと感じる人も多いと思いますが、ひとり身ほどの自由はないでしょう。
65歳のとき、二度と働かないぞと決意した私は、わずかな年金ともっとわずかな貯蓄を取り崩して生計をつないできました。そして孤独な時間を得て、自由をフル活用し続けています。
なお友達付き合いを減らした後は、ひとりで遊ぶことのおもしろさや、ひとりで生きるための、少なくとも精神的な力を得たように思っています。
交際にしても、それを抑制するのは、もしかしたら私には金銭的な制御が利きすぎているからかもしれませんね。
その証拠として、複数の仲間に加わることが重圧でありながら、不思議なことに、そのとき皆で撮った写真を見て、仰天するのも事実です。あまりに嬉しそうな顔に写っているからです。それはつくり笑いではない、心からの喜びを表しているからです。
なんだか矛盾そのものですが。そのくらい「友達」は、私にとって偉大な存在なのです。
本記事は『財布は軽く、暮らしはシンプル。74歳、心はいつもエレガンス』(扶桑社)からの抜粋です
小笠原洋子 (おがさわら・ようこ)
画廊と美術館で学芸員の仕事をしたあと、美術エッセイストとして活躍。東京郊外の高齢者向け団地にひとり暮らし。若い頃からゲーム感覚で節約を楽しみ、持たない暮らしを心がける。近著に『ケチじょうずは捨てじょうず』(ビジネス社)がある。2024年2月、『財布は軽く、暮らしはシンプル。74歳、心はいつもエレガンス』(扶桑社)を発売。
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「ケチカロジー」の生みの親、美術エッセイスト小笠原洋子さんの暮らしのエッセイ。「ものは上手に手放し、すっきり」「服を買わずにおしゃれを楽しむ」など、「お金は困らないくらいあれば十分」と語る小笠原さんのエレガンスで豊かな暮らしのアイデアが満載です。