(『へそまがりな私の、ぐるぐるめぐる日常。』より)
リュックサック
子どもってのは、当たり前だけど親のものではない。自分とはまったく別の、独立した存在なのである。だけど子どもが小さいうちは抱っこでくっついていることも多く、どうしても一心同体感が強くなってしまう。なんというか自分の一部のような、分身のような、私という生き物から派生した、自分の延長線上にいる生き物、という感覚がある。
先日1歳になった弟ぼーちゃんは、現状まさしくそんな感じだ。穏やかで、基本的にぼーっとしているぼーちゃんを抱っこしていると、どれだけ夫にそっくりだと言われようとも、自分の一部のような感じがする。
ところが、3歳半になる姉イコ坊に関しては、赤ちゃんの頃からそういう感覚があまりなく、生まれた瞬間から〝イコ坊〞という独立した生き物という感じが強かった。
イコ坊はおしゃべりがゆっくりめだったのだけど、3歳になった途端絵に描いたように言葉が溢れ出し、起きている間はずーーーっとしゃべって歌って踊っている。いつも小走りであっちこっち動き回っていて、とにかく落ち着きがなく、元気といえば聞こえがいいけれど、イコ坊のせわしなさは例えるならば江頭2:50さんをピンボールにしたような感じで、予測不能で突発的な動きをするので、とにかく見ているだけで目が回ってしまうのだ。
そんなイコ坊も、いっちょまえに乙女の道に目覚め、日々プリンセスに憧れ、サンリオに夢中になっている。トイレトレーニング真っ只中のイコ坊のためにキティやキキ&ララのパンツを買い揃え、おしっこはほぼ成功するようになったのだけど、いまだにウンチはトイレでできない。
「おおきくなって、きらきらのようせいになったら、トイレでウンチできるからねー‼」と自信満々のドヤ顔で叫びながら、食卓の下に潜り込んで用を足す毎日だ。出先では、いつもギリギリのタイミングで「おしっこ‼」と叫ぶので、抱っこして走るハメになるのだけど、当の本人は「ぴぴぃちゃん(キティちゃん)のぱんつがぬーでーるーよーだ」と吞気にゲラゲラ笑っている。
ぼーちゃんが生まれて以来、赤ちゃん返りなのか、なかなか自分でごはんを食べてくれず毎食手を焼いているのだけど、諦めてこちらが自分のごはんを食べ始めると、「ママのおさら、どんどんピカピカなるねー! メダルあげるー!」と、こちらが白眼になるようなことを言ってきたりする。〝イヤ!〞も〝やりたい!〞も、とにかく全方位に全力の猪突猛進型で、なおかつ一度へそを曲げたらなかなか直らない頑固者。
こうやって書くと、「なんだかんだ、私に似てるところもあるんだよな」とも思うし、実際夫は小学校の6年間連続で〝落ち着きがない〞と通知表に書かれたらしく、血は争えないなと納得する部分も多々あるのだけど、全力全開フルパワーでイコ坊として生きるイコ坊と向き合っていると、時々ふと「なんだチミは‼ おまえは一体どこから来た何者なんだっ!」とほっぺをむぎゅーっとして問いたくなる衝動に駆られる。
もちろん私と夫の子どもであることに違いはないのだけれど、そんな事実をビューンと通り越した〝イコ坊〞という生命体が目の前にいるということが、時々ものすごく不思議に感じる。プリンセスのパジャマを着ておもちゃのブレスレットをジャラジャラつけ、キティやキキ&ララのぬいぐるみに囲まれスースー寝息を立てるイコ坊の寝顔を眺めていると、愛おしい気持ちと同じぐらい、「この摩訶不思議なわけのわからない生き物を、本当に私が産んだのだろうか」という気持ちがこみ上げてくるのだった。
先日、そんなミラクル全開イコ坊と久しぶりに2人きりでお出かけした。3歳クラスに進級し通園リュックが必要になったので、一緒に買いに行こうと思ったのだ。自由に選ばせたらプリンセス一択になることが目に見えていたので、ベーシックで色展開も豊富なリュックを扱っているアウトドアショップに行って、好きな色を選んでもらうことにした。
ちょっとくすんだオレンジ色や、マスタード、コーラルピンクにブルーグレーなんていう配色のものもあって、見ているだけで目移りしてしまう。私はウキウキしながらイコ坊にあれやこれやと勧めてみた。
ところが、イコ坊が選んだのはネイビーにショッキングピンクという、私の辞書にまったくない配色のものだった。冷静に、客観的に見れば逆に大人っぽいというか、おしゃれなカラーリングだと思うのだけど、正直いって、私はあまり好きではなかった。だけど、イコ坊の決断はかたくなで、これと決めたらもう他の色は背負ってさえくれず、「早くお店を出たい」の一点張り。「自分で選ばせるために連れてきたのではないか! ていうか、そもそもイコ坊が使うものなのだし、私の好みなんて聞いていない!」と自分に言い聞かせ、そのネイビー×ピンクのリュックを購入し、お店をあとにした。
そうして帰宅したのだけど、リビングの片隅に置かれたそのリュックを見るたび、私は自分でもびっくりするぐらい違和感を感じモヤモヤしていた。パジャマとか、ぬいぐるみとか、おもちゃとか、下着とか、そういうエリアはすでにプリンセスやらサンリオやらに侵食されていたし、そのことでモヤモヤするなんてことはまったくなかったのに、リュックの配色ひとつでここまで憂鬱になっている自分に正直引いた(リュックというアイテムだからこそ、気になってしまったのかもしれない)。
これまで、自分の好きなものだけを選び、好きなものだけに囲まれて暮らしてきた私にとって、子どもが選んだ〝自分好みではないもの〞を受け入れることがこんなにも試練だとは思ってもみなかった。このことを夫や友人に話したら、「え? そんな大袈裟(おおげさ)な話? そもそも全然変じゃないでしょ、この色」とあっさり言われてしまったのだけど、私にとってこの事案は、修行に値する出来事なのだった。
子どもの〝好き〞を100%受け入れられるおおらかな母になれたらどれだけ楽か。自分の〝好きじゃない〞を〝好き〞、もしくは〝気にしない〞に変換するには一体どうしたらいい?とぐるぐる悩む母をよそに、イコ坊は我関せずといった感じでズンズンぐんぐんイコ坊道を突き進んでいるわけで、これから先もリュック以上にモヤモヤする選択をイコ坊やぼーちゃんがすることはいくらだってあるはずだ。
人の〝好き〞にケチをつけることほどダサいことはない。「なんだチミは‼」はむしろ私のほうだ。
今日もイコ坊は自分で選んだ私好みでないリュックを背負って元気に保育園に出かけ、塗り絵や工作物でパンパンになった私好みでない(しつこい)リュックを背負って「おかえり〜‼」(←間違っているけど訂正していない)と帰ってくるのだろう。「この色、見慣れてくると案外いいな」と思えるほど私のこだわりは簡単ではなく、相変わらず「この色、好きじゃないな〜」と思いながら、好みじゃないリュックごと「おかえり〜‼」と抱きしめるのだけど、そんな私の目の前には〝ピンクの自転車を欲しがるイコ坊〞との戦いが控えている。
まさしく修行の日々だ。戦いの行方は正直わからないけれど、数年後イコ坊のおさがりのピンクの自転車を乗り回すぼーちゃんの姿を想像したら、ちょっとだけ和んだ。ピンク男子、万歳。
本記事のエッセイは、『へそまがりな私の、ぐるぐるめぐる日常。』(宝島社)からの引用です。写真は新たに撮り下ろしています
〈撮影/千葉亜津子 ヘア/山下亜由美〉
菊池亜希子(きくち・あきこ)
1982年生まれ。岐阜県出身。モデル・俳優・エッセイストとして多方面で活躍中。二児の母。著書に『みちくさ』(小学館)、『またたび』(宝島社)、『好きよ、喫茶店』(マガジンハウス)などがある。毎週土曜日、インターエフエムのラジオ番組『スープのじかん。』のパーソナリティーを務める。インスタグラム@kikuchi akiko_official
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日常を菊池亜希子流の視点でとらえた『リンネル』の連載が一冊にまとまって話題になった単行本『へそまがり』の第2弾が登場です。子育ての苦悩を綴った「おそろい」、夫との小競り合いエピソード「鍵」、オタクとしての想いが溢れる「roundabout」など、家族、暮らし、思い出、推しにまつわるエピソード42篇を収録。
巻頭では菊池さんの等身大の姿をとらえたグラビアを掲載。『リンネル』愛読者、菊池亜希子ファン垂涎の一冊です。