(『天然生活』2022年8月号掲載)
思い出とぬくもりが宿る、古い道具とともに生きる
「私にとってのむだのない暮らしとは、古い道具を手に入れ、愛する気持ちのことです」
そう語るのは、執筆家として日本の食を世界に紹介しているナンシー八須さんです。
住まいは夫の両親から引き継いだ、築90年以上の日本家屋。一歩足を踏み入れると、手入れをされて、やさしい光沢を放つ古い道具や家具がずらり。大事に扱われていることが伝わってきます。
「古いものは子どものころから好きでした。デザインがかっこいいし、すごく丈夫。何よりも、時を重ね、さまざまな記憶を刻んできた佇まいに魅力を感じます」
とくに思い入れが強いのは、来日する際にアメリカからはるばる持ってきたものたちです。
「ひとりで来日し、これまでと違う文化のなかでの暮らしが始まりました。でも、子どものころに使っていた家具や道具をそばに置いていたので、そこまで孤独は感じませんでした。見れば、自分の過去を思い出せますから」
さらに、「50年、100年たったいまでも使えることが素晴らしい」と、古いものに宿る、熟練されたつくり手の技術力にも驚かされるといいます。
そんなナンシーさんの好きなものを長く使いつづけるスタイルにあこがれますが、好きなものが変わりやすい人はどうすればよいのでしょうか?
「長持ちする素材のものを選んでみてください。骨董市には南部鉄器のように100年先も使えるいいものが、たくさんありますよ」
幼いころから食への関心が高かったナンシーさん。食材をむだなく使いきる工夫も習慣づいています。旬の野菜を毎日食べ、皮も捨てずに調理。苦くて食べられない葉は、肥料として畑に戻します。子どもたちと一緒に鶏を絞め、調理したこともあるそう。
「自分たちが、ほかの生物の“命をいただいている”ことを知ってもらいたかったんです。そうすることで感謝が芽生え、食べものを大事にする気持ちが育つ。言葉で教えるよりも、感じるほうがふに落ちると思い、経験させました」
新品よりも古いものが好きだから、手元に置いて長く使う。食べることが好きだから感謝して食べ尽くす。好きな気持ちを軸にすれば、むだのない暮らしは楽しく続けられるのだと教えてくれました。
ナンシー八須さんの「むだを出さずに、楽しむ暮らし」
古い箪笥の一部を組み込み、唯一無二の美しい台所に
古家具をリサイクルすることは、限りある資源がむだに消費されるのを防ぐことに繋がります。
台所の収納はすべて、骨董市や骨董品店で見つけた古家具のパーツを組み合わせています。
「家を改装する際、箪笥の扉や引き出し、染めものづくりで使われた板をどうしても役立てたくて。それらに合わせ、大工さんに骨組みだけ新たにつくってもらいました。いまでもとても気に入っています」。
家族の食卓に並ぶ野菜を畑で育て、旬をむだなく食する
ナンシーさんの料理を主に支えるのは、夫が家族のために育てる有機野菜。どれも野菜本来のやさしい味がし、みずみずしい。
以前、幼稚園を運営していたとき、夫の野菜をランチに出していたそう。
「野菜嫌いだった子も、“おいしい”と残さず食べていました」
夏はどんどん実るので、むだにしないよう毎日収穫。
「密集するところからとると、空気の通り道ができ、野菜の育ちがよくなります」
日本古来の精神を感じる美しいコレクションを持つ
「本当に美しくて惚れぼれする」と見つめるのは、友人から譲り受けた刺し子が施された野良着。
「センスがいい人、縫い方がちょっと雑な人など、それぞれの性格が表れているのが面白くて。きっと、ひいおばあちゃん、おばあちゃん、お母さんと、何世代もの人が手を入れながら大事に受け継いできたのでしょう。その精神がとても素敵だなと思います。見ているだけでパワーがみなぎってきます」
<撮影/有賀 傑>
ナンシー八須(なんしー・はちす)
米国カリフォルニア州出身。スタンフォード大学卒業後、1988年に来日。埼玉県にある築90年の日本家屋で、農業を営む日本人の夫と暮らす。テレビや雑誌を通して、保存食づくりや農家の食生活、生産者を訪ねる様子を紹介している。Netflixの「美味しい料理の4大要素」にも出演。著書に『Japan: The Cookbook』(Phaidon Press)。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです