• 東京・南青山にある中華風家庭料理の店「ふーみん」は、1971年に神宮前の小さなお店からはじまりました。45年にわたり「ふーみん」を切り盛りしてきたのは、ショートヘアがトレードマークの“ふーみんママ”こと斉風瑞さん。斉さんは、70歳を機に厨房から勇退することを決めました。その軌跡を描いた長編ドキュメンタリー映画『キッチンから花束を』が、2024年5月に全国公開されます。天然生活編集部のスタッフも「ふーみん」でおなかを満たしてもらったファンの一員。映画化の知らせを受けて、すぐにインタビューを申し込み、会いに行きました。

    70歳で「ふーみん」を勇退。“ふーみんママ”には新たな「夢」がありました

    画像: 70歳で「ふーみん」を勇退。“ふーみんママ”には新たな「夢」がありました

    インタビューに伺った場所は、溝の口駅から歩いて10分ほどの斉風瑞(さいふうみ)さんの新しいお店「斉(さい)」。坂を登った緑豊かな場所にあります。

    扉を開けると、斉さんがにこやかに「いらっしゃい」と私たちをやさしく迎えてくれました。

    70歳で「ふーみん」を勇退したときのことや、現在の暮らしぶり、さらには自身が主人公となった映画を観た感想についてなど、伺いたいことがたくさんありました。

    さて、どんなお話を聞けるのでしょう?

    斉さんの前身は美容師だった。人生を変えた友人の一言

    物心ついた頃から「自分のお店を持ちたい」という夢を抱いていた斉さんは、美容師の道に進みます。「当時、自分のお店を持てるような女性の職業は、美容師くらいしかなかったのよ」と斉さん。

    そんなある日のこと、食事を振る舞った友達に「私たちだけこんなにおいしいものを食べて、もったいない!」と言われたことがきっかけで、料理屋を開きたいという思いが斉さんに芽生えます。そして、1971年、斉さんが25歳の頃、神宮前に7.95坪の小さなお店「ふーみん」が誕生したのです。

    “ふーみんママ”でいた45年間、ONとOFFがつくれなかったんです

    1986年現在の南青山にお店を移転。斉さんは、お店のことが常に頭から離れなかったと話します。

    画像: “ふーみんママ”でいた45年間、ONとOFFがつくれなかったんです

    「朝起きて『ふーみん』に行って、毎日ギリギリで準備していました。ランチをつくりながら、次の日のランチメニューを考える日々の繰り返し。日曜祝日がお休みだったんですけど、厨房のお掃除が行き渡っていないと、気になってお店に行っちゃったりして、とにかくONとOFFがつくれなかったんです

    その45年間、「ふーみん」を一途に支えてきた努力の結晶は、行列の絶えない人気店として存在感を示しています。

    「一生懸命やってきたから今日がある。一生懸命って本当に大事なんです」

    70歳を機に「ふーみん」から勇退。斉さんが描いていた次の夢とは

    「50年『ふーみん』を続けることが目標だったんですけど、70歳を手前にして体力の限界を感じて。家族からの心配もあったので、区切りのいい70歳で退くことを決めました。でも、仕事自体を辞める気はまったくなくて、お店を小さくして、より内容の濃い場所をつくりたいという夢がずっと私の中にあったんです

    画像: 70歳を機に「ふーみん」から勇退。斉さんが描いていた次の夢とは

    「ふーみん」の原点に立ち返り、食に対してより深く向き合いたいと思っていた斉さん。当初、神宮前にあったお店のような、カウンター席の小さなお店にしたら、つくりたい料理をつくって、もっとお客さまとコミュニケーションを取ることができるのではと、考えていたのです。

    「『ふーみん』は私一代で終わりだと思ってやってきたんですけど、一緒に働いていた甥に『小さい店をつくろうと思うけどどうする?』と、聞いたら『僕はふーみんをやりたい』と言ったので、甥に託すことにしました。まさか甥が継ぐとは思いもしていなくて、すごく不思議な気持ちになったんです」

    画像1: ⒸEight Pictures

    ⒸEight Pictures

    画像2: ⒸEight Pictures

    ⒸEight Pictures

    斉さんがお店を離れたからといって、行列が絶えることはありません。入口で案内をしてくれる甥の瀧澤一喜さんやスタッフの皆さんが、いつも通りあたたかく出迎えてくれるので、これまでと変わらず通い続けたいと思えるのです。

    「それって、本当にすごいことよね! 甥にあんな接客の才能があったなんて!」と、斉さんも手を叩いて話します。

    2021年、新しいお店「斉」がオープンしました

    「『ふーみん』を離れて、最初のうちは『お店に行列ができてるよ』って聞くと、様子を見に行きたくなっていたんですが、少しずつ心が離れていきました」と斉さん。次のステージである「斉」の存在が待っていたから、「ふーみん」から心を離すことも、そんなに苦ではなかったそう。

    「斉」は、1日1組限定の、プライベートな空間で季節の料理を楽しめるお店です。

    画像: 2021年、新しいお店「斉」がオープンしました

    「ここでは、お客様と会話をする場面が多くなりました。“おいしかった”と感動で涙してくれるお客さまもいて、次はどんなお料理で感動していただこうかしら? なんてお客さまのことを想いながらメニューを考える。そういう刺激があるから、元気に続けられるんですね」

    70歳にして経験する、斉さんの自由時間

    「斉」は金曜日と土曜日が営業日で、木曜日は仕込みを行う日。日月火水が斉さんの自由な時間です。

    お休みだからと、友達との約束を詰め込みすぎて忙しくなってしまうこともしばしば。

    「お休みの日は、友達と食べ歩きに出かけたり、フレンチの教室に出かけて知らない分野を学んだりしています」と楽しげに教えてくれました。

    今まで「ふーみん」のことが頭から離れることのなかった斉さんが、休日を楽しんでいると聞いて、なんだかホッとしてしまいます。

    「今はとても快適に過ごしていますよ!」

    映画「キッチンから花束を」のお話。最高にうれしい!

    画像3: ⒸEight Pictures

    ⒸEight Pictures

    「映画のお話を聞いた時は、『まさか私が!?』って本当に驚きました。実際映画を観てみると、“これだけの事をやってきたんだ”と、自分を褒めてあげたくなる気持ちにもなりました」

    劇中では、青山で働くファッションデザイナーやクリエイター、近所のお店の常連さん、そしてスタッフからの愛あふれるメッセージが随所に散りばめられています。

    「最高にうれしかった! 」と斉さん。

    「映画公開がきっかけで、小学校時代の友人と久しぶりに連絡を交わしたんです。その時『斉さんは私たちの誇りです』って言ってくれて。これからまた、観てくださって会える人が増えたらいいなって思っています」



    『キッチンから花束を』

    画像4: ⒸEight Pictures

    ⒸEight Pictures

    斉風瑞(さいふうみ)と南青山「ふーみん」の物語

    台湾人の両親をもち、日本で生まれ育った斉風瑞(ふーみんママ) は、友人の一言から1971年、神宮前に小さな中華風家庭料理のお店「ふーみん」をオープン。父と母からもらった確かな味覚と温かな愛情。45年にわたって愛されつづけてきた中華風家庭料理「ふーみん」の厨房から、 70歳をきっかけに、勇退。だれもが、引退したと思ったが料理に対する思いと探求は変わらず、2024年現在、溝の口にて、1日1組だけのお客様を迎える「斉」を営んでいる。なぜ、ふーみんは、斉風瑞は愛されるのか。料理が生まれていくストーリーと数々の証言、日本と台湾、そして斉風瑞の家族を3年半にわたり追いつづけた長編ドキュメンタリー映画。

    5月31日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国順次公開
    ■公式HP: www.negiwantan.com
    ■公式SNS:X:@fumin_movie、Instagram:@fumin_movie
    〇上映時間:89分
    ■配給: ギグリーボックス

    * * *

    <撮影/林 紘輝>

    斉風瑞(さい・ふうみ)
    台湾人の両親をもち、日本で生まれ育った料理人で、中華風家庭料理のお店「ふーみん」の創業者。70歳でふーみんの厨房を勇退。その後は1日1組だけの「斉」を営む。

    中華風家庭料理「ふーみん」
    東京・南青山の小原流会館の地下に連日長い行列が出来る超人気店。先日、「1億3000万人のSHOW チャンネル」で嵐の櫻井翔さんが「納豆にこんなにウマい食べ方があったのか!」と絶賛した、看板メニュー “納豆チャーハン”や、故・和田誠さん(イラストレーター)が生み出した“ねぎワンタン”、“豚肉の梅干煮”など数々の名物料理をつくり出してきた。また、本編にも登場する平野レミさん(料理研究家)や五味太郎さん(絵本作家)など、時代を彩るクリエイターにも長年に渡って愛され続けている。



    This article is a sponsored article by
    ''.