• 2024年4月21日、惜しまれつつ逝去したピアニストのフジコ・ヘミングさん。フジコさんは、その生涯を通じて多くの人々に感動を与えました。『天然生活』2022年10月号のインタビューでは、「自分らしさ」を支えるふだんの暮らしについて語っています。取材の2週間後にはニューヨークで演奏会を控えていたフジコさん。演奏活動に忙しい日々を送りながらも、愛するものに囲まれた心地よい暮らしを大切にしていました。
    (『天然生活』2022年10月号掲載)

    10年かけてじっくりと心地よい空間をつくる

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    「家の中がしっくりとなじむようになるまで、私の場合10年ぐらいかかるの。家具を動かしたり、絵やカーテンを掛け替えたり。その窓辺に置いてある瓶も、やっと満足できるようになった。こっちがいいか、あっちがいいかって並べ替えて。ぜんぜん違うのよ、どの色を置くかで」

    いかに心地よく、自分らしく住まうかがフジコさんにとって、とても重要なこと。

    画像: 色や形が異なるガラスの瓶の数々は20年以上前、100円ショップで見つけて買った。「100円以上の価値があると思う」

    色や形が異なるガラスの瓶の数々は20年以上前、100円ショップで見つけて買った。「100円以上の価値があると思う」

    「この間はパリのアパートに泥棒が入って、何も盗むものがないんで怒って上にあるものを下に散らかしていった。泥棒に、私の趣味なんかわかんないわよ。ダイヤモンドより、だれかが紙で折った鶴とか、死んだ猫がつけていた首輪とか、そういうはかないものが私にとっての宝もの

    愛するものに囲まれて

    画像: 玄関の一角に飾っている猫の置物

    玄関の一角に飾っている猫の置物

    画像: 階段から手足を出しているクマのぬいぐるみは、俳優のジェット・リーさんから対談の際にプレゼントされたもの

    階段から手足を出しているクマのぬいぐるみは、俳優のジェット・リーさんから対談の際にプレゼントされたもの

    画像: ニューヨークで見つけた蝶のペンダント。光にかざすと、きれいなサファイアブルーに輝く

    ニューヨークで見つけた蝶のペンダント。光にかざすと、きれいなサファイアブルーに輝く

    画像: 九州の窯で絵付けして焼いてもらった皿

    九州の窯で絵付けして焼いてもらった皿

    そんな感性が、ピアノの音色に現れるのでしょう。

    針仕事や絵を描くことで気持ちをリセット

    フジコさんは子どものころから針と糸で、いろいろなものをつくっていたといいます。

    画像: 「学校で大好きだったのは、裁縫の時間。この服はインド製かしら。インド人って手先が器用で、素敵なものをつくる国民だなって思う。私も若いころ、いろんなものに刺しゅうをした。ドイツで道を歩いていたら女性が近づいてきて、『それ、どこで買ったの?』って。私が刺しゅうしたバッグが素敵だからって。うれしかったわ」

    「学校で大好きだったのは、裁縫の時間。この服はインド製かしら。インド人って手先が器用で、素敵なものをつくる国民だなって思う。私も若いころ、いろんなものに刺しゅうをした。ドイツで道を歩いていたら女性が近づいてきて、『それ、どこで買ったの?』って。私が刺しゅうしたバッグが素敵だからって。うれしかったわ」

    「お人形はいっぱいつくったわよ。売ってほしいというおばさんがいて、10くらいつくったときもあった。肩掛けバッグが欲しいときは着られなくなった服でつくった。売っているお店がなかったから。ドイツで暮らしていたときはミシンで服もたくさん縫った」

    いまは服を買えば自分らしく着こなせるよう、なんらかのアレンジを施します。

    画像: たっぷりとした袖周りにカラフルな花の刺しゅうがされているブラウスはドイツで買い求めた。スカートは男物のショールを使って仕立てたもの

    たっぷりとした袖周りにカラフルな花の刺しゅうがされているブラウスはドイツで買い求めた。スカートは男物のショールを使って仕立てたもの

    画像: ストックホルムに住んでいたときに買ったミシン。日本では電圧が違うから直してもらった

    ストックホルムに住んでいたときに買ったミシン。日本では電圧が違うから直してもらった

    画像: 愛用のバッグ。シンプルでシックなデザイン。衣装を縫ってもらっている方につくってもらい、裏地は和柄の布が使われている

    愛用のバッグ。シンプルでシックなデザイン。衣装を縫ってもらっている方につくってもらい、裏地は和柄の布が使われている

    「これは近くの木綿屋で見つけたブラウス。下のほうをちょこんと切って首周りに縫い付けようと思って。背中が丸いから、それを隠すためよ。若いときは似合いもしないものをいっぱい着ていたから母がよく悪口をいったけど、いまはどういう洋服が自分に似合うか、似合わないかがわかるようになった。年を重ねるとそういうことがわかってくるのね」

    画像: 針仕事や絵を描くことで気持ちをリセット

    針仕事をするときは好きな音楽CDをかけて。手元に集中するので嫌なことも忘れて心がリセットできると。

    また、絵を描いているときも心いやされる時間とのこと。遠い記憶をたどりながらスケッチしていくのです。

    「父が絵を描く人だったから、受け継いでいる部分もあると思う。子どものとき一番印象に残っているのはピアノの楽譜に描いてあった絵よ。何の楽譜かは覚えてないけど、あのころから印象に残っているのは色彩だった。音楽ではなくてね」

    画像: リストの『ハンガリー狂詩曲』を想像して描いた踊る男女のイラスト

    リストの『ハンガリー狂詩曲』を想像して描いた踊る男女のイラスト

    デザイナーになりたいと思ったこともあったと聞きます。

    「私の絵はうまいとか下手とかじゃなしに、だれも描かない、私だけの絵で、ピアノも同じ。私よりうまいピアニストはたくさんいるわ。私は作品の魅力を伝えるために、私がいいと思うテンポで、自分らしく弾くことが一番大切だと考えているの」

    芸術家にとって最も必要なのは自分を信じる力。過去にとらわれることがないよう愛するものをそばに置くことは力になり、意味のあることなのかもしれません。



    <撮影/衛藤キヨコ 取材・文/水野恵美子>

    フジコ・ヘミング(ふじこ・へみんぐ) 
    父はスウェーデン人。東京音楽大学(現・東京藝術大学)卒業。28歳でベルリン音楽学校に留学。初リサイタルの直前、聴力を失うアクシデントに見舞われる。失意の中、ピアノ教師をしながら演奏活動を続ける。母の死後1996年帰国。1999年NHKのドキュメント番組『フジコ~あるピアニストの軌跡~』が反響を呼ぶ。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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