• 国内外を軽やかに飛び回り、ごはんをつくる”旅する料理人”三上奈緒さん。彼女は2024年3月、令和6年能登半島地震で被災した石川県珠洲市にある県立飯田高校で”給食”の炊き出しを行いました。そこに映像作家の小川紗良さんが密着し、記録。ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』を制作することに。水も出ない、人手も食材も限られている……極限状態の能登でおふたりが気づいた「本当に大切なこと」とは? 

    被災地で改めて感じた「水の大切さ」

    SNSで募った、ボランティアチーム

    三上奈緒さん(以下、三上): 私はもともと、キッチンを持っていなくて。アウトドアとか、”だれかの場所”で料理をしています。だから常にゼロスタートで100人分の料理をつくったりする。

    炊き出しは所変われど、実は「いつもやっていること」だったんです。スタッフも抱えているわけではなくて、現地で集める。「手伝って!」って一緒にいる人たちを巻き込む。

    だから今回の炊き出しも「スタッフ募集」ってヘルプをSNSにアップしたら、知り合いや初めましての人まで連絡をくれて、なんとか、まわすことができました。

    「食材を送ります」という声も全国から届き、募金もいただき、みんなの力が集結して、能登の端っこまでつながった。みんなに助けられて、高校生たちにごはんをつくることができました。

    画像: 長野県伊那谷の野菜や高知の土佐文旦など、三上さんがこれまで繋げてきた全国の生産者から食材が届いた

    長野県伊那谷の野菜や高知の土佐文旦など、三上さんがこれまで繋げてきた全国の生産者から食材が届いた

    被災地への食材は「洗って」届ける

    小川紗良さん(以下、小川): 私も奈緒さんのその発信を見て。ちょうどその時、農家さんからいただいた無農薬のジャガイモがたくさんあったので、届けようと思って連絡したことが今回の取材のきっかけです。

    そのときに「洗って送って欲しい」っていわれて。そこで「向こうはまだ水も使えないんだ。泥だらけのジャガイモを送っても、洗うのが大変なんだ」と初めて気づきました。

    震災が起きて「何かしなきゃ」と思いつつ、なかなか動けなかった。

    でも食材を送るという一歩を踏み込んだだけで、想像が広がった。

    そこで奈緒さんから「こない?」と誘われて、カメラを持って現地へ行きました。

    画像: ポリタンクに貯めた水で手を洗う。水が貴重とはいえ、手はしっかり洗って衛生管理に努めた

    ポリタンクに貯めた水で手を洗う。水が貴重とはいえ、手はしっかり洗って衛生管理に努めた

    米のとぎ汁は捨てずに活用し、水は一升瓶で運ぶ

    ——3月は水道が復旧しておらず、まだ水が出ませんでしたね。

    三上: 水がないから、米のとぎ汁を洗い物に使う。

    お米を洗っただけだから、そんなに汚れているわけじゃない。米のとぎ汁が汚れを落とすというのは後で知りました(注:油汚れを落とす界面活性剤の役割をするタンパク質が含まれていると考えられている)。鍋は洗う前にスケッパーで汚れを削ぎ落としたり。

    画像: 鍋にこびりついた汚れは、スケッパーで落としてから洗う。これも水が少ない中で工夫

    鍋にこびりついた汚れは、スケッパーで落としてから洗う。これも水が少ない中で工夫

    とにかくある水を、最大限に使いたかった。

    普段は手を洗うときに、ジャーッと水道から出すじゃないですか。これを被災地でやると、水はすぐなくなってしまうんです。

    そこで思い出したのが、長野の中川村にある古民家七代の米山さんがしてくれた話。昔、畑に行く時には一升瓶に水を入れて持っていってたそうです。その水だけで、5人くらいで手洗いとかをみんな賄うから、ジャーッと流せはあっという間になくなる。でも、ちょっとの水で泥を緩めてから、最後に水で流せば最小限で済む。

    南三陸に行った時も、里山のおばあちゃんが里芋を洗う時に、水道がないからポリタンクを持って行ってた。そこで里芋を洗う時にも、同じような話をしてくれて。

    里山の暮らしをしている人って、「知ってる」んですよね。水を大切に使うということを。

    画像: 排水ができないので、米を研いだ水はいったん溜める。それを洗い物に再利用する

    排水ができないので、米を研いだ水はいったん溜める。それを洗い物に再利用する

    おばあちゃんの知恵袋、里山の暮らしにもヒントがある

    小川: 取材している中でも、非常時になると自然の知恵とか、おばあちゃんの知恵袋がすごく生きていて。

    インタビューに応えてくれた高校生も、避難所でお年寄りと関わったり、かまどでおばあちゃんがごはんを炊いてくれてちょっと昔に戻ったみたいって。大変なんだけど、ちょっと楽しかったとか。

    世代間交流みたいなことが実は結構、現地で起きていて、失われたものばかりでなく、そこで新たに育まれるものもあるんだなと思いました。

    ——(映像で語っていた)鉄鍋の話が、個人的に印象に残りました。

    三上: 鉄鍋は、焼き切っていました。当時は下水も復旧していないから、排水は山に流すことになる。だから合成洗剤でなく環境にやさしい石鹸を使っていました。テフロン鍋だったら油汚れを石鹸で洗う手間があるけれど、鉄はそれも不要です。

    昔から使われている道具は、理に適っているんですよ。

    小川: 私も鉄のフライパンを使うし、キャンプにも持っていくんですが、同世代ではあまり使っている人を見かけません。「鉄はタワシと水だけで大丈夫だよ」と伝えても、使い慣れていない人にとっては「それだけで汚れが取れるかな」という不安があるのだと思います。でも、その感覚でいると、非常時には困ってしまう場面もでてくるかもしれません。

    「当たり前」が崩れても大丈夫なマインドを持つ

    三上: 自分の「当たり前」って、簡単に崩れる。

    だから里山のおばあちゃんの知恵がいかに大切か、ということをみんな一度思い出す必要があるし、それを持っていれば、たとえ大変な目にあっても「こうしたら大丈夫」っていうマインドを持てる。

    そういう意味でいうと、自然に近いところで暮らす体験をしておくことってすごく大事。

    今回、炊き出しや支援活動に集まってすぐに動いた人たちって、サーフィンや農業、キャンプ、釣りを日常でやっている人も多かった。

    山で暮らす大学生もいたし。普段から自然に触れているから、「無いなかで、どうするか」ということを「わかっている」方たちだった。

    画像: 石川県立飯田高校。三上さんの呼びかけで集まったボランティアが、約180人分の”給食”炊き出しを10日間続けた

    石川県立飯田高校。三上さんの呼びかけで集まったボランティアが、約180人分の”給食”炊き出しを10日間続けた

    <取材・文/山下リョウコ 撮影/小川紗良>


    三上奈緒(みかみ・なお)

    画像1: 「当たり前」が崩れても大丈夫なマインドを持つ

    東京農大卒。学校栄養士、レストランを経て、旅する料理人として活動。「顔の見える食卓づくり」をテーマに、食を 通じて全国各地の風土や生産者の魅力を繋ぐ。「おいしいってなんだ?」を軸に学校授業を組み、菜園教育をする「Edible schoolyard」 に関わるなど食教育にも力を入れる。食の根源を追い求め、縄文倶楽部や、火を囲む野外キッチンをつくり上げる。雑誌『Soil mag.』(ワンパブリッシング)、『料理王国』(JFLAホールディングス)での連載やラジオ出演と活動は多岐にわたる。

    https://www.naomikami.com/

    小川紗良(おがわ・さら)

    画像2: 「当たり前」が崩れても大丈夫なマインドを持つ

    1996年東京生まれ。文筆家、映像作家、俳優。俳優として、NHK「まんぷく」(2018〜2019)、ひかりTV「湯あがりスケッチ」(2022)等に出演。初長編監督作「海辺の金魚」(2021)は韓国・全州国際映画祭にノミネートされ、自ら小説化も手がけた。2023年1月からはJ-WAVE「ACROSS THE SKY」(毎週日曜あさ9時~12時)にてラジオナビゲーターを務めている。同年3月、活動拠点として「とおまわり」を設立し、「ときめく遠回りをしよう」をコンセプトに 読みもの・映像作品・暮らしの道具などを届けている。

    とおまわり https://tomawari.jp



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