(『天然生活』2021年9月号掲載)
時を超え、海を渡り届いた、たくさんの愛に囲まれて
「よい機会をいただき見回してみたら、思っていた以上にたくさんあったんです、受け継がれてここに来たものたちが」
そういって、家族ゆかりの品を並べてくれたワインあけびさん。
チェコ人の父と日本人の母の下に生まれ、長野県の村で育ったあけびさんですが、「気がついたら2代、3代と時を超えてきたものに囲まれていました」と話します。
なかでも料理人のあけびさんにとって特別なものといえば、曽祖母の代からのレシピノート。
「祖母の死後、父が譲り受けた」というそのノートには、曽祖母が記したオーストリアから中欧、東欧に広く伝わる家庭料理があり、そのあとに、祖母のアンナさんが生前書き加えたレシピが続いています。
「曽祖母は、日常のメニューからお祝い料理まで、ベーシックなレシピ9品をシンプルに記して、『あとは自分で色をつけてね』と、自己流を加える余裕を残して祖母に渡したようです。
それに比べると、大学教授だった祖母のレシピは彼女なりの“正解”を書き留めたことが伝わる緻密な内容で、聡明で料理上手だった彼女の面影を感じます」
また、深い赤が印象的なクロスのブローチは、代々ワイン家の女性に引き継がれ、長く母・悦子さんの下にあったもの。
20代の後半に悦子さんから託されたものの、「なんだか恐れ多くて、まだ身に着けたことはなくて。これから少しずつ使っていけたら」といいます。
外国人の親をもつ家庭がまだ珍しかった小さな村で育ったあけびさんにとって、遠い海の向こうからきた品々は、遠い家族へ思いを馳せるもの以上に「世界はここだけじゃない、もっと外に広がっていると示してくれる、支えのような存在」だったそう。
「未来の家族に託したいものを残すって、愛以外の何ものでもないですよね。日頃は意識していなかったけれど、今回改めてたくさんの愛に囲まれていたことに、改めて気づきました」
そして最後に、あけびさんからこんな話も。
「そうだ、あとひとつ、受け継いだものがありました。祖母と父に形がそっくりなこの手。無骨だけれど意外とよく働いてくれるこの手も、私の大切な宝物です」
ワインあけびさんが受け継いだ、家族の愛がこもった大切なもの
3代続くレシピノート
曽祖母と祖母、それぞれのレシピが記されたノート。父のイエルカさんが、パリで料理人として歩み始めたばかりのあけびさんにプレゼント。
「めまぐるしい都会での暮らしに疲れていたころに、ふいに日本から送られてきたんです。レシピの内容はもちろん、父のさりげない励ましの気持ちがうれしかった」
レシピノートから再現したグラーシュ。「家族ごとに味が伝わる、肉じゃがのような存在のメニューです」
お守りのコインとブローチ
ワイン家の女性にお守りとして代々受け継がれてきたブローチ(もとはネックレス)と、コイン。
曽祖母から祖母へ、そして母・悦子さんに手渡されたものがあけびさんへと託されました。
「何があっても手放さないで、ではなく、何かあったらこれを売ってしのぎなさい、という教えだったそう。なんだか現実的ですよね」
押し花アルバム
1年に一度、チェコの祖母から送られてきた手紙に添えられていた押し花を、母・悦子さんが毎回欠かさずノートに貼り付けていました。
「大胆な母らしく、のりでざっくり留めていただけなのに、意外としっかり残ってくれています。崩れてしまうといけないので頻繁には開けられないけれど、祖母と母の思いが重なる大切な一冊です」
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〈撮影/わたなべよしこ 取材・文/宮下亜紀〉
ワインあけび(わいん・あけび)
料理家。フランスとイタリアで15年暮らしたのち、2019年より日本で活動を開始。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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