長沼町に住む、と決めたのに
ここ! と思ったその町は、いつだって、なんだか気持ちがいいのです。
「気がいい」というのでしょうか。明るくてひらけていて、心地がいい。車で走っていても、のどかで美しく、気持ちがはればれする。
空港からも札幌からも近く、素敵なお店やいつか泊まりたい一棟貸しの宿なんかもあって、どこか外国のような雰囲気もある。
農業がとても盛んだから、食の仕事はもちろんいろいろできるだろうし、空港が近いから、展示などで作家さんを呼んだりもしやすい。旅の途中で来ていただける場所が作れそう、そう思いました。
なのに、申し込んだ長沼の森の家は、わたしより財力のある別の方にあっけなく買われてしまいました。がーーーーーん。
わりと覚悟を決めて申し込んだので、しばし呆然とした後、はっそうだ!とお世話になったシャンディニヴァース カフェの圭司さんに連絡したら、「もっと奈緒さんに合った場所があるってことかもしれませんね。」と、早速ほかの物件のお知らせをくださったのです。
「森の中ではないので好みではないかもしれませんが、家はかわいいと思います。ご興味あれば」そう言って、すぐに写真を送ってくれました。圭司さん、神様なのかな……?
私はすっかりロマンチックな森に心を奪われていたので、正直最初はあまりピンと来なかった。でも、偶然やって来たものが自分の予想をはるかに上回ることがあるのも知っています。 藁をもつかむ気持ちで、そのお家を見せてもらう約束を取りつけました。
持ち主のカールさんは、長沼町で故郷オーストラリアのクラシックなミートパイのお店を営んでいます。ちょうどその前に長沼に行った際、空港へ向かう前に立ち寄ったばかりでした。
帰りのバスのなかで空腹に耐えかねて、ひと口かじるつもりがおいしくてびっくり。ぺろっと2個食べたのです。笑。
11月、少し長めにご家族で帰省するとおっしゃるので、その前になんとかアポイントを。長沼なら日帰りできる。1日だけ合ったスケジュールの日に往復の飛行機をとりました。
自分にとって大切なこと
やっぱりその日も快晴でした。
わたしは相当緊張していましたが、少しゆるめたくて、幼馴染たちとランチをしてからソフトクリームをたべているうちに、みんなで行こうかということになり現地へ向かったら、写真で見た家の前でカールさんご夫妻が待ってくれていました。
古い家ですが、家のなかは7割がたリノベーションされていました。もと大工のカールさんがご自分でリノベーションをしたのです。
こだわって大切に作られたのがわかりました。もしかしたら手放したくないのかも? そう思ったほど。
あたたかくて、気持ちのよい、安心な家でした。
2階にあがったら、大きな窓から田んぼと畑が一面に。遠くに恵庭岳が見える、美しい場所でした。ここで展示がしたい、そう思いました。
何かがほどけていくような時間でした。カールさんに色々伺って家を出たら、友人たちと奥さんの智子さんが、まるで以前からの友達のように笑って話していました。
「価格が決まったら連絡します。会いにきてくれてありがとう!」
別れ際の夕陽が美しくて、なんだか胸がいっぱいに。
「なおちゃん。おめでとう。ここに出会えてよかったね」
友人たちが口々に言って、興奮気味にこれからのことを話しました。
わたしたちの心は満ち足りていました。友人と別れて、新千歳空港で温泉に入ってビールを飲み、飛行機に乗りました。
東京に戻ってからはイベントが続いてバタバタと過ごしました。少し落ち着いた新月の日に、価格が決まったと連絡をいただきました。
なんとか手が出せそうな価格でした…! よかった、チャレンジできそうです。ぜひわたしに引き継がせてください。そう返事をしました。
…というのがほとんど1年前のお話で、ようやく先日契約をしました。とにかく、長かった……!
藤原 奈緒(ふじわら・なお)
料理家、エッセイスト。“料理は自分の手で自分を幸せにできるツール”という考えのもと、商品開発やディレクション、レシピ提案、教室などを手がける。「あたらしい日常料理 ふじわら」主宰。考案したびん詰め調味料が話題となり、さまざまな媒体で紹介される。共著に「機嫌よくいられる台所」(家の光協会)がある。
インスタグラム:@nichijyoryori_fujiwara
webサイト:https://nichijyoryori.com/
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