• 顔の見える関係は、いったいどのように育てていくのでしょうか。さまざまな世代と近所づきあいをする、主婦の大久保美津子さんに、話を伺いました。
    (『天然生活』2023年10月号掲載)

    散歩ついでのビーチクリーンで、移住先につながりができた

    ずっと東京に暮らしていた大久保美津子さん、紀一郎さん夫婦が、60代半ばで小田原へ住まいを移したのは、「チェアリング」がきっかけでした。

    チェアリングとは、アウトドア用の椅子を持ち、景色のいい場所を見つけたら、飲み物片手に腰掛けて過ごすという、キャンプより気軽で、散歩の延長のような遊びです。

    「私たち、車の免許がない夫婦なので、電車で行けるところをあちこち回っていました。小田原は、海がきれいで観光地化されてなかったり、人もそこまで多くなかったりするところが、いいなあと思っていたんです」

    2021年の春まで、東京・水道橋で食堂「アンチヘブリンガン」を営んでいたふたり。コロナ禍の影響と体力の限界を理由に隠居生活に入ったあと、気ままな趣味としてチェアリングを楽しんでいました。でも、何度目かの小田原の帰り道、ふと気づいたそうです。

    「あれ? 店を閉じたのに、どうしてまだ店の近くに住んでいるんだろう? わざわざ東京へ帰らなくても、小田原に住めばいいのではと、急に思いつきました。帰りの電車の中で物件を検索して、一軒目に見つけたマンションを借りることにしたんです」

    東京でも賃貸物件に住んでいたからこその、身軽なシフトチェンジでしたが、知り合いのいない小田原に引っ越すと知った友人たちからは驚かれたそうです。当のふたりは、海へも山へも歩いて行ける環境がうれしくて、椅子を持っては近所を散策。そのうちに、自然とつながりができたといいます。

    「とくに海からの日の出に魅せられて、最初のころは夜明けの海に毎日のように通っていました。そうするとだんだん、海辺のごみが気になってきて、ついでにごみ拾いをするようになったんです」

    毎朝、海辺を歩いていると、ジョギングする人や犬の散歩をする人、同じようにごみ拾いをする人とすれ違います。次第にあいさつを交わしたり、ごみの集積所を教えてもらったり。立ち話から、地域の情報もキャッチできるように。

    画像: 夫婦それぞれ好きなタイミングで30〜40分ほどごみ拾い。「義務と思わない程度に、“ついで”にやっています」と美津子さん。砂浜を歩くことで足腰の運動にも

    夫婦それぞれ好きなタイミングで30〜40分ほどごみ拾い。「義務と思わない程度に、“ついで”にやっています」と美津子さん。砂浜を歩くことで足腰の運動にも

    「ある人と話していたら、お母さんの膝が悪いと伺ったんです。私は若いころにリフレクソロジーの資格を取っていたので、週1回でマッサージに行くことになりました。その冨美子さんが、小田原に来て最初にできた私のお友達です。マッサージのお礼にと、ちょくちょく野菜などを分けてくださるんですが、最近ではマッサージは二の次で、冨美子さんとのおしゃべりを楽しんでばかりかも」

    もうひとり、地元で代々続く植木屋さんとも、海で知り合い、親しくなりました。

    「お顔が広く、農作業の経験のない私たちをぶどう畑に誘ってくれて、何度か畑のお手伝いをしています。去年は有機農法を実践している田んぼに連れていってもらえて、稲刈りも体験できました」

    好きなことを軸にすれば、気の合う人とつながれる

    「いまはとにかく時間がいっぱいあるんです」といいながら、その時間の使い道には、美津子さんの「したかったこと」や「好きなこと、大切にしたいこと」が、はっきり表れているように感じます。だからこそゆるやかに、価値観の近い人とつながれているのかも。

    本が好きで、図書館で働いていた経験もある美津子さん。この夏から近くの小さな書店「南十字」で臨時アルバイトをすることに。

    「店主のひとり、鈴木美咲さんがアンチヘブリンガンに来たことがあったと知り、歳の差を超えて仲良くなりました。育休に入るスタッフの代わりにお手伝いに入ることになったのですが、レジが覚えられず、まだ見習い中です」

    たまに上京すると「早く小田原に帰りたい」と思うほど、相性がよかったと話す美津子さん。

    「小田原は、いい意味で『ユルイ』感じの地域性です。あのとき、直感のままに動いたのは、本当によい選択でした」

    地域とつながる私のアクション

    手伝うよ! と手を挙げた

    画像: 手伝うよ! と手を挙げた

    小さな書店は人を雇うのもそう簡単ではないから、いつでもピンチヒッターができる生活の美津子さんが「私でよければ」と手伝うことに。わが子より若い人たちと交流を楽しみつつ仕事を覚えている。

    できることを物々交換

    画像: できることを物々交換

    80代の冨美子さんは、海で知り合った人のお母さん。マッサージをしながらおしゃべりに花を咲かせたり、ときには食材のおすそわけをいただきつつ、レシピを教わったりしている。

    家に人を呼ぶことを楽しむ

    画像: 家に人を呼ぶことを楽しむ

    「小田原に引っ越してからのほうが、東京の友達も遊びにくるんです」と美津子さん。小田原を案内しながら、人と人とを紹介し合っている。ふたりの日も、キッチンで「角打ち」のように飲みつつ、ゆっくり料理をするのが幸せ。

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    <撮影/星 亘 構成・文/石川理恵>

    大久保美津子(おおくぼ・みつこ)
    2005年、40代後半で会社を早期退職した夫とともに、東京・水道橋に食堂「アンチヘブリンガン」をオープン。約15年間の営業を終了したのち、2022年より神奈川・小田原で隠居生活を楽しむ。趣味は読書、墓地のジオラマやクロスのオブジェづくり、チェアリング。学生時代に夫との共通の趣味であったフライングディスク遊びも再ブーム中。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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