• 顔の見える関係は、いったいどのように育てていくのでしょうか。さまざまな世代と近所づきあいをする、建築家のアリソン理恵さんに、話を伺いました。
    (『天然生活』2023年10月号掲載)

    街に開いて活動したら、あいさつをする人がいっぱいに

    「おいしいものを一緒に食べて、深いことは聞かない」

    これは、居酒屋を営む家に生まれたアリソン理恵さんが、両親や、店に集まる大人の振る舞いから感じ取ったことだそうです。けっして相手に関心がないわけではなく、人は皆、それぞれ何かしらあるもの、という前提に基づいた思いやりのある関係性だったのでしょう。

    自宅に店を併設していたため、プライベートは「まったくなかった」と、理恵さんは振り返ります。

    「ある日、小学校から自宅に帰ると、家のリビングがカラオケルームに改装されていたんです。近くの大学の学生やお客さんたちが、毎晩のように自由に出入りする家でした。酔ってお金のない人もいれば、勉強を教えてくれるといいながら途中で寝てしまう人、シャワーを浴びている人もいたりして。子どものころから人に迷惑をかけられているのが当たり前の生活だったから、いまでも私はパーフェクトに振る舞わなくてよい環境が居心地いいんです」

    理恵さんの母は面倒見がよく、大学生が「お金がない」といえばバイトをさせたり、「週末は食堂が閉まっている」と聞けば寸胴鍋いっぱいのカレーを振る舞ったり。

    「いろんな人たちが出入りをしていたおかげで、大学に進むという道もあるんだと、私の選択肢が広がりました。何より感謝しているのは、母がまだ若くして病気で倒れたとき、常連さんだった人たちが基金をつくってくれて、そのおかげで治療ができたことです」

    街の中でやりたいことをみんなができたら楽しい

    両親以外の人たちにも見守られながら大人になった理恵さんは、建築家になり、オーストラリア出身のヴォーン・アリソンさんと結婚。

    ヴォーンさんの夢だったコーヒーショップをふたりで開こうと、長年かけて出合ったのは縁もゆかりもない街の物件でした。東京は西武池袋線の東長崎駅から近い元洋品店を、レトロな趣を生かしながら少しだけ手を加えることに。

    画像: シェアオフィス前の畑が立ち話のきっかけに。左はスタッフ、右は買い物の途中にいつも立ち寄ってくれるご近所さん。オフィス内ではヴォーンさんが仕事中

    シェアオフィス前の畑が立ち話のきっかけに。左はスタッフ、右は買い物の途中にいつも立ち寄ってくれるご近所さん。オフィス内ではヴォーンさんが仕事中

    「私たちは、単にコーヒーを飲むだけの店ではなく、街の情報が集まるような、コミュニケーションの場をつくりたかったんです。だから工事は地元の大工さんにお願いしたかったのに、なかなか見つからなくて。近所の洋食屋さんでマスターに『だれかいませんかね』と話していたら、店内にいたほかのお客さんが、知り合いの大工さんを連れてきてくれました」

    街も人も、最初は「はじめまして」だとしても、関わりをもとうと働きかけていけばつながりは育つもの。理恵さんとヴォーンさんが街に開いた「MIA MIA(マイア マイア)」は、ご近所さんからわざわざ足を運んでくれるほかの地域の人まで、たくさんの人が集まる温かいスポットに

    その翌年、理恵さんは店の大家さんから、同じ東長崎にあるアパートのリニューアルを任されます。

    「1階をシェアオフィスにして、私の建築事務所も入らせてもらいました。『街に若い人がいない』って声を方々から聞きます。でも、実は若い人は住んでいるけれど、街に出てこないだけ。仕事から帰って寝るだけのベッドタウンになっているケースが多いんです。街の中に、いろんな世代が活動できる場所をつくりたいと思って、エントランスに畑をつくり、みんなで野菜を育てています。住んでいる人たちからの声で、地域の人も使えるブックポストや、コンポストもつくりました」

    週末は、シェアオフィスをギャラリーとしても運営。「街に開く」をさまざまに試みています。

    「最近は、お店のお客さんからの声を受けて、毎週水曜日の朝だけ店の前でラジオ体操を始めました。私やヴォーンがいなくても、お客さんやスタッフの間で行っているのがうれしくて。私にとって、面白いのは人。どんな人にもストーリーがあると思っているから、この街でいろんな人に出会えることを続けていきたいです」

    地域とつながる私のアクション

    みんなの“関わりしろ”を増やす

    画像: みんなの“関わりしろ”を増やす

    読み終えた本を入れ、読みたい本と交換する。地域で本が循環するブックポストをつくったら、毎日、だれかしらが使ってくれるように。みんなが関わりたくなる余白=関わりしろを増やしている。

    迷惑かけてありがとう、と思う

    画像: 迷惑かけてありがとう、と思う

    常連客でにぎわっていた実家のカラオケルームも、いまとなってはいい思い出に。人は迷惑をかけ合うものだから、「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」といい合える関係を、と心がけている。

    「自分の思い通り」じゃないほうを選んだ

    画像: 「自分の思い通り」じゃないほうを選んだ

    「MIA MIA」の内装は、分野ごとに地元の職人さんへお願いしたところ、それぞれが「よかれ」と思ってアレンジしたため図面通りにまとまらない事態に。

    「それを生かしたら、『この部分はこの人の仕事』と伝えられる店になりました」



    <撮影/林 紘輝 構成・文/石川理恵>

    アリソン理恵(ありそん・りえ)
    一級建築士事務所「ara」主宰。夫、長男、次男と4人暮らし。夫ヴォーン氏とともに、豊島区の東長崎駅近くでコーヒーショップ「MIA MIA」、週末ギャラリーを展開するカルチュラル・キオスク「I AM」を営む。共著に『子育てしながら建築を仕事にする』(学芸出版社)がある。https://mia-mia.tokyo/

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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