松浦弥太郎さんが考える、きほんの定義とは?
――今回『松浦弥太郎のきほん』をエッセイにしていただきましたが、松浦さんは「きほん」がタイトルに入った本が多くありますよね。「きほん」の定義はありますか?
松浦さん:きほんの定義はずっと考えています。こうかもね、ということは少しありますね。
もともと「きほん」ていう言葉が好きなんです。
じゃ、自分のきほんてなんだろう、と改めて考えたくて。きっとそれは立ち返る場所、立ち返る考え方、立ち返る技術になるのかな、と。
だから今回、自分自身のきほん=「種」を探すことにしました。
衣食住や旅などを通して、何が好きかなとか、自分に問いかけながら、自分の種を探す作業を繰り返し、文章にしていきました。
――松浦さんのリクエストで、装丁は数々の図録などの装丁を手掛けるサイトヲヒデユキさんにお願いしました。進め方が変わっていて、デザインを先に組んで、その写真の配置や文字数に合わせて松浦さんが原稿を書くという、通常とは逆のパターン。
松浦さん:普通は書き手(著者)優先じゃないですか、でもこの本はサイトヲさんの枠組みの中に僕が合わせていくという方が絶対いいだろうと思ったんです。
僕はサイトヲさんをリスペクトしているし、サイトヲさんがつくりたい本に僕が乗っかるという感じで進めたいな、と思って。そうしないとサイトヲさんに相談した意味がない。
みんなであれやこれや悩まないほうがよかったんです。
僕が撮影した写真だけ渡して、組んでもらって、サイトヲさんがこの文章量でと言ったら、そこに僕がピタッと合わせていく、という。
――少し読み込んだようなラフな風合いにしたいなど、紙や加工も含めていろいろ考えているうちに、時間は過ぎ、スタートから1年弱かかって、ようやく本ができました。
松浦さん:僕もサイトヲさんも手を動かしている時間よりも、考えている時間の方が長かったと思うんですよ。
ふたりともある程度経験者だからある時期になったら、すごい集中するじゃないですか。そこは信頼関係で任せたというか。
シンプルで、読むのも楽だし写真もあるから、ある種ライトな感じなんだけど、実は結構深いんですよ。
なんでこれが松浦弥太郎のきほんなんだろうと、それぞれが考えてくれたらいいな、と。
――それぞれの分野のプロのていねいな仕事ぶりを見せていただきました。本のなかに「ていねいとは感謝すること」というページがありますね。「ていねいというのは、ゆっくりやることでも、ていねいにやることでもなく、慎重にやることでもなく、ありがとう、という感謝を表すこと」(『松浦弥太郎のきほん』より抜粋)というお祖母さまのことばがあり、ハッとしました。
松浦さん:感謝していたら、結果的にていねいにつながると思うんです。
挨拶や感謝の言葉とか、言わなくなったら関係性がおかしくなりますよ。
――「ありがとう」をいわれて嫌な気持ちになる人はいないですよね。
松浦さん:コンビニに行ったって、バスを降りるときだって、大きな声でありがとうって伝えるのは大事。ありがとうが「幸せの種」になって、自分を守ってくれる。
挨拶は自分を守る鎧っていうかね。
それは家族や近しい人にも同じ。いつも感謝を伝えるようにしています
――「自分のきほん」の見つけ方は難しそうですが。
松浦さん:それは、自分に向き合っていないからかもしれません。
衣食住、旅や道具、自分に置き換えて考えたときに、何を考えて、何を思い出すんだろう、ということを、自分で自分に問いかけながら、考えていってみてください。
答えは見つからなくていいんです。そんな簡単に答えは見つからないから。
僕はずっと思考しています。ずっと同じことを悩み苦しんで、思考し続けています。見つけるのは答えじゃなくて「手がかり」。
考え抜いて、せいぜい僕が得ているのは「かもね」です。その「かもね」はもちろん変わることがある。そのときはそう思っていたけど、いまはもう変わっている。それでいいんです。
いまの世の中は答えがすべて。答えを求めようとしている。でも僕は答えというのはないと思っていて、もっと大事なのは「問い」だと思っています。
自分と向き合う時間をつくれば、そのうち自分の種が見えてくると思います。
最後のページにNote欄があるので、そこに自分の考えるきほんを書き込んでいってもいいですね。
松浦さん:そうですね。
――これからの楽しみは?
松浦さん:先日パリに久しぶりに10日以上行ってきて、やっぱりいいなと思いました。新しい自分の住処(すみか)、外国でもいいかなと。
短い人生、楽しくいなきゃ、と思うんです。みんな何にでもなれるから、一通りやったことは脱ぎ捨てて、新しいことをやって、どれだけ楽しむか、かなと。
あと1年と少しで60歳。この先も楽しみがいっぱいです。
写真/松浦弥太郎、林紘輝(インタビュー) 取材・文/編集部
松浦弥太郎(まつうら・やたろう)
エッセイスト。2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COW BOOKS」を中目黒にオープン。2005年からの9年間『暮しの手帖』編集長を務める。その後、IT 業界に転じ、 (株)おいしい健康取締役就任。2016年より公益財団法人東京 子ども図書館役員も務める。ほかに、ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。『DEAN & DELUCA MAGAZINE』編集長。映画『場所はいつも旅先だった』監督作品。著書に『今日もていねいに』(PHPエディターズ)、『しごとのきほん くらしのきほん100』(マガジンハウス)、『エッセイストのように生きる』(光文社)など、多数。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、楽しさやゆたかさ、学びについての執筆や活動を続ける。
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