(『天然生活』2024年3月号掲載)
自分をやさしくいたわる、森の暮らしとお手当て
「クロモジの枝葉を集めたり、薪火でスープを煮たり......一日中、そうして森と触れ合っていても、一生かけても知りつくせないと思うほど、この森は魅力的です」
以前、鳥取の海辺の町に暮らし、車を走らせて大山まで来ると「心がいやされた」という、かずぅさん。「ここだ」と思う、小さな森と出合い、移り住みました。
森の中に小屋を立て、マスターと暮らしながら始めたスープ屋はたちまち人気になりました。
「気に入って来てくださった助産師さんや自然療法士さんが『ここは森の治療院だね』っていってくださって。私たちも森にいやされていたから、同じように感じてもらえるのがうれしかったですね」
ゆっくり過ごしてほしくて、いまは飲食店としての営業はやめ、「お手当てのための宿」として1日1組だけ、ゲストを迎えています。
「お手当てといっても、セラピストのように何か施術をするわけではなく、ここで暮らす喜びをおすそわけするような、そんな気持ちでいます。当たり前の日常を過ごすことが、一番のお手当てのように思うから」
お客さまには、森に自生するクロモジのお風呂に入ってもらい、夕食には手づくりの野菜スープを。
テレビもWi‐Fiもないので、人目も気にしなくていい。わずらわしさから解き放たれて、ほっと自分に戻れます。
「ここでは着飾る必要がないから、メイクを落として、リラックスしてくださるとうれしくなりますね。裸の自分で過ごせるように、迎える私たちも、心と体を整えておきたいと思うんです」
昨年建てたばかりの、自分たちが眠る小屋はあえて電気を引かなかったそう。
夜はランタンやキャンドルで過ごし、心を落ち着け、一日がんばった自分をいたわります。
朝は白湯を飲み、軽く体を動かし、心身を目覚めさせて。
無理しないで、自然のリズムで。
「私にとって一番のいやしは、スープをつくる時間。農家さんが自然農で育ててくれた野菜には、うそがない。だから私も、喜んでもらうことだけを思って、無心でスープをつくります。そうして、ひたすら手を動かすことは、祈りに近いような気がします。だから、いやされるのかもしれませんね」
かずぅさんの
心と体をいやす、工夫
心と体をいやす、工夫
野菜たっぷりのスープから大地のエネルギーをもらう
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生で食べてもおいしい新鮮な野菜を使い、調味料は塩や白味噌をほんの少し使う程度。鉄鍋でじっくりと
朝夕にいただく、毎日のスープが元気のもと。
海の近くの畑で自然栽培する地元農家「LUCK HILL」が早朝に収穫してくれた野菜で仕込みます。
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朝食にいただく素朴な“素”スープ。「すべてがひとつにまとまった瞬間ができ上がり。野菜でできた、お薬のようなスープです」
「私は野菜がひとつにまとまるのをお手伝いしている感じ。薪ストーブやガス台も使いますが、森の中で薪の火を起こして炊くと、味わいが違う。自然と一緒につくったスープです」
心と体をいやす、工夫
いやしの木、クロモジを暮らしのなかで楽しむ
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クロモジの木があちらこちらに。春に白い花が咲き、秋には葉が色づく
森に自生するクロモジは、落ち着きのある甘い香りをもつ、日本のハーブ。疲れをいやす効果があり、抗菌や消炎作用も。
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薪ストーブの銅鍋で炒った枝葉を煮てバスハーブに。「ワインのような赤い色で、布を染めるとピンク色に」
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宿泊者に楽しんでもらうクロモジ風呂。体の芯から温まり、リラックスできる
「移住した時はここがクロモジの森とは知らず、植物を研究されているお客さまに教えていただいたんです」
煎じ煮出して入浴剤にしたり、服やクッションカバーを染めたり。石けんや歯磨き粉にも活用している。
* * *
<撮影/村上伸明 構成・文/宮下亜紀>
かずぅ
鳥取県伯耆町の小さな森で、夫であるマスターと「森のスープ屋の夜」を営む。2016年にスープ屋として始まり、2019年、スープランチの営業を終え、1日1組の宿に。「お手当てのための宿」として、朝の瞑想など、自分たちの暮らしのなかで続けていることを取り込んだ宿泊プランも提案。http://cinemavalley.net、インスタグラム@soupyanoyoru
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです