• 生活評論家の沖 幸子さんは、70代になり、京都にも拠点をもちました。京都に暮らして、歩いてわかった、京都の楽しみを綴るエッセイ。今回は、愛宕山の思い出のお話。

    愛宕神社の総本山がある、京都の愛宕山へ

    4月〇日

    愛宕山の思い出を少し。

    昨年の10月、京都のはずれ、山城と丹後の境、源氏物語にも登場する標高1000メートルの愛宕山(あたごさん)に登ることにした。

    愛宕神社の総本宮・愛宕神社詣でもしてみたい。

    ちょうど、“京都が初めて”という50歳の親戚Aちゃんを誘ったら、ぜひと、東京から休暇をとって勇んで飛んできた。

    実は、既に誘った数人の友人たちに“そんな山、ムリ!”と、足腰の悪さを理由に断られていた。

    そこで、京都に来たがっていた年下のAちゃんに、白羽の矢。

    京都も登山も初めてという勇気ある“ジャンヌダルク”が簡単に興味を示し、乗ってきた。

    京都人なら必ず一生に一度登る信仰の山、愛宕山。

    が、プロの登山家でも大変な山だということは後で知った。

    軽い気持ちで登ったものの……

    画像1: 軽い気持ちで登ったものの……

    京都も山登りもど素人のAちゃんが選んだコースが、なんと一番難解なコース。

    細い尾根伝いの山道は、ところどころ大雨で木が投げ倒され道をふさいでいる。往復7時間以上、途中、霧雨模様になって、道に迷ったり。

    しかも、靴が買ったばかりで、足になじんでいないウォーキングシューズ。なんとか頂上の愛宕神社に参ったときは、あたり一面、霧のカーテン。

    画像2: 軽い気持ちで登ったものの……

    おかげで、1週間は、筋肉痛で足腰が緊張し、まるで鎧兜をまとったようで、よたよた蟹股歩きで過ごす。

    その後約束があり、神戸三宮まで食事に出かけた。駅で待ち合わせたいとこが、哀れな老婆を見て、“どないしたん!”と会うなり大声を出したっけ。

    さて、年を重ねると筋肉痛は簡単には回復しない。回復するのに倍ほどの時間を要したが、それも現実だと観念しつつ、のど元過ぎれば熱さ忘れるのがわたし。

    足腰の痛みが緩和されると、そろそろ次に登る低山を探し始める。

    幾つになっても、何事にも懲りない私の性格は、たぶん治らないでしょうね。



    沖 幸子(おき・さちこ)
    兵庫県生まれ。生活経済評論家。家事サポートサービス「フラオ グルッペ」代表。大学客員教授(起業論)や経済産業省、厚生労働省などの政府審議会委員も務める。神戸大学卒業後、ANA、洗剤メーカーを経て、ドイツ、イギリス、オランダで生活マーケティングを学び、グローバルな視点を持つ暮らしのデザイナー・女性起業家として、メディアで活躍。「掃除界のカリスマ」として知られ、家事や暮らしが楽しくなる数々のエッセイや評論を執筆している。著書は、『ドイツ流 掃除の賢人』(光文社)、『50過ぎたら、ものは引き算、心は足し算』『70過ぎたら あるがまま、上手に暮らす』(ともに祥伝社)など多数。
    http://www.ask-sachiko.com/

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