過酷な状況でも「思いやり」は伝わっていく
「南極」という厳しい自然環境のなかで、生まれも育ちも異なる30人の隊員と、約1年間の共同生活を送った渡貫さん。
食べたいものがあっても気軽に手に入らない。水も自分たちでつくらなければならない。
時にはお風呂もトイレもない雪上車で、何週間も車中泊に近い生活をしなければならない。
災害時の状況にも近い、生活そのものが不自由な南極での集団生活を支えていたのは「ほんのちょっとの思いやり」だったそう。

「共に乗り切るために私が一番に考えたのは、自分の行動で次の人がどうなるか。たとえば、次の人のためにトイレットペーパーを交換する、電池を交換したら誰でもわかるようにマスキングテープに交換日を書いて貼る。次の人に自分の思いやりが届くと信じて、ちょっと思いやって行動することを意識していましたね」
災害が起きたときには、料理人である自分にできる“思いやり”として、地域の人たちのために炊き出しをしようと考えているそう。
しかし、生活面でも精神面でもストレスのある災害時に、皆が皆、渡貫さんのように思いやりのある行動を取れるかどうか……。
そう返すと「本当に“ほんのちょっと”で大丈夫」と穏やかに話します。
「災害時にイライラするのは当然です。かと言って、そうした状況で急におおらかになれと言われてもなれません。ですが、南極で痛感したのは、過酷な状況下での集団生活はつまらないことが原因で関係がギスギスする。我慢しているのは皆一緒なので、自分も大切だけれど次の人のことも少し考えてあげる。本当に、ほんのちょっとの思いやりで大丈夫です」
「それだけの思いやりがあれば、非常時の集団生活はきっとなんとかなる」
そう話す渡貫さんの眼差しには、過酷な南極生活でたくさんの「想定外」を乗り切ってきた人が持つ力強さとおおらかさが宿っていました。
▼防災に役立つ“南極生活の知恵”の記事はこちら
〈撮影/林 紘輝 文/太田菜津美(編集部)〉
渡貫淳子(わたぬき・じゅんこ)

第57次南極地域観測隊の調理隊員。1973年青森県八戸市生まれ。調理の専門学校を卒業後、同校に就職。結婚後、出産を機に退職するも、その後も家事・育児をこなしながら調理の仕事を続ける。30代後半に南極地域観測隊の調理隊員への夢を抱き、3度目のチャレンジで合格。昭和基地史上2人目の女性調理隊員(民間人では初)。南極でよくつくっていた「悪魔のおにぎり」をモデルに、某コンビニチェーンが商品化したことでも注目される。現在は南極での経験を元に、フードロスや環境問題、防災、男女共同参画などをテーマにした講演活動を行う。近著に『私たちの暮らしに生かせる 南極レシピ』(家の光協会)がある。
◆どんな食材もおいしく食べきる!私たちの暮らしに生かせる南極レシピ◆
追加の食材調達は一切なし。ごみを一切捨てられない。
そうした南極ならではのルールのなかで生活するうち、ごみを出さずにおいしく食べきる工夫が身についたという渡貫さん。
フードロスなどが話題になることが多い現代で取り入れたい、毎日のごはんづくりに役立つ南極レシピを紹介します。
【目次】
● 第一章 毎日のごはん作りに役立つ南極レシピ
● 第二章 本当においしい冷凍野菜のレシピ
● 第三章 缶詰と乾物のアイディアレシピ
● 第四章 捨てられがちな食材の活用レシピ
● コラム
・生野菜のおいしい冷凍法
・残りがちな調味料の活用法
・おからをもっと食べよう
・毎日のメニュー、どう考えていますか?
・南極ごはんQ&A など