(『天然生活』2023年9月号掲載)
自然のなかに身を置いて生きるたくましさ
前回までのお話
▶︎にこにこ農園での共同作業、草刈りや畑仕事の一日
住宅街の谷間のような一画で、こんもりとした竹林を背景にして立つ日中一時支援施設「さんわーく かぐや」(以下「かぐや」)。
木彫作家の藤田靖正さんと、母の慶子さんがアトリエを構えていたこの場所で、日中一時支援施設が開かれたのは2008年のこと。
それは慶子さんと、重い精神疾患を発症した靖正さんの妹の居場所であり、生きづらい事情を抱える地域の人々を受け入れる場でもありました。

脚立に上がって鈴なりのびわを収穫する、初代理事長の藤田慶子さん。メンバーの親たちにとって、頼りになる話し相手
加えて、アーティストとしての藤田さん自身も、迷いのただなかにいたといいます。
作品を制作すればするだけ、高値でだれかに買い取られていくものの、「長い期間をかけ、命を削ってつくった作品が、自分の手を離れて暗闇に投げ込まれていくような感覚だった。自分はこの暮らしを継続していけるのかと」
アートを紙幣に換える以外の道を模索した時期だった、と振り返ります。
来所するメンバーとともに、壁を突き破るところからリフォームしたという母屋。

母屋の台所。窓の設置されたこの壁面、実は、リフォームの際に一度すべて取り壊され、通りから室内が丸見えになっていた時期も
通り抜けると、谷を下るように小道が伸び、足元には三つ葉、ふきなどの食べられる野草や、ボタニカルアートの素材がそこかしこに。
頭上ではびわやキウイがたわわに実り、段々畑ではボランティアの方の教えの下、季節ごとに多種の作物を育てています。春には竹林でたけのこ採り。

季節ごとに、さまざまな作物が実る段々畑。写真のとうもろこしは、職員の山口さんの希望で育て始めたもの

農作業後の体にしみる、スタッフの方たちの心のこもったお手製ランチ。お米、味噌、じゃがいも、びわ......どれもみんなで育てたり、仕込んだりしたもの
竹筒でつくった飯ごうでたけのこごはんを炊き、手製の竹の箸で食べるのが恒例で、「こういうのが防災訓練にもなるね、とメンバーともよく話している」と藤田さん。
支援者対障がい者というより、個と個としてともに暮らしをつくってきたこの場所には、何年も家にこもりきりだった人や、ほかの施設にはなじめなかった人も通いつづけているそう。

もらってきた廃材などを使い、自分たちで建てたというアトリエ。作品やら画材やら工具やらが、にぎにぎしく並ぶ

アトリエの電気窯。陶芸は、創作活動のメインのひとつで、飯碗や小皿などの実用品や、オブジェがたくさん
15年の日々の営みのなかで文字どおり、地に足の着いた生活の力を培ってきました。
そのあり方には、東日本大震災の被災地で目のあたりにした光景も影響しているといいます。
「炊き出しに行った気仙沼市の唐桑は、湾ごとに小さな漁業の集落がある町です。漁師さんたちは、その海で家も船も、大切な人も失っている。それでも『海にもっていかれたんじゃ、しょうがない』と、みんなで笑ってごはんを食べていました。自然の中に身を置いて生きる人たちは、なんてたくましいんだろうと思いました」

さんわーく かぐや
住所:神奈川県藤沢市本藤沢6-12-1
電話:0466-77-8610
<撮影/林 紘輝 取材・文/保田さえ子>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです