(『天然生活』2026年1月号掲載)
文化は生活のなかに息づいてこそのもの。身近なことから楽しんでほしいです
「10年ほど前から米づくりのワークショップをしています。初めて田んぼの草取りを2時間ほどした翌朝、起き上がれないほどの筋肉痛になったことも。農家の方々のご苦労を身をもって感じました」
にこやかにそう話されるのは、三笠宮家の彬子女王殿下。イギリスのオックスフォード大学で日本美術史を研究し、女性皇族として初めて博士号を取得されました。帰国後は大学などで教えながら、日本文化を未来に残す活動を行う団体「心游舎」の総裁として全国各地で活動されています。2012年に創設されたこの団体では、歌舞伎、能、書道など、さまざまな日本文化に直接触れる体験を子どもや若者たちに提供。米づくりワークショップもそのひとつです。
「実際に米づくりを体験してみると、旧暦の二十四節気に沿ったものだということがよくわかります。田植えが済んだころに雨を降らせてくださる神様、夏に太陽を照らしてくださる神様など、節気ごとにいろいろな神様が出てこられて米づくりを支えてくださるそうなのですが、季節ごとにそれを肌で感じられるんです。そんなふうに、実際に現場で知ったことを伝えていきたいと思っています」

オックスフォード大学の博士課程の修了証書をお手に。黒いガウンは、博士号を取得した人に許されるもの

研究者としての深い見識を備えながら、「何でもやってみよう」とアクティブな精神をおもちの彬子さま。幼いころから日本文化が身近にある環境でお育ちになり、お正月やひな祭りなど、季節の行事にも親しまれてきました。当時はあまりに身近で、それらの価値に思いを馳せることはあまりなかったとおっしゃいます。意識が変わられたのは、イギリスに留学されてからでした。
「たとえば私はパン党だったのですが、留学して毎日パンの生活を送るうち、ごはんとお味噌汁は素晴らしい食べ物だったのだと気づきました。久しぶりにいただいたときは心からほっとしたものです」
それだけではありません。海外と日本における日本美術への視点の違いを学ばれたことや、日本では当時さほど知られていなかった画家の伊藤若冲を見いだしたアメリカ人、ジョー・プライスさんとの交流なども大きな発見をもたらしたと話されます。6年間の留学生活のなかで、日本文化を客観的に見つめ直すという経験から、現在はその価値を次世代に伝えていく活動に力を注がれています。

『赤と青のガウン』をはじめ、著作も多い彬子さま。近著は大学などでの講義をまとめて収録した『日本文化、寄り道の旅~彬子女王殿下特別講義~』(扶桑社)
文化はガラスケースの中に保存するものではない
これまで全国各地の日本文化に触れてこられた彬子さま。15年間暮らしていらっしゃる京都では、「夏越の祓」に行われる茅の輪くぐりや地蔵盆など、東京ではなじみのなかった文化にも出合われました。さまざまなものを見てこられたいま、日本文化の大きな特色は「外のものを積極的に取り入れ、自分のものにすること」だとおっしゃいます。
「文字にしても、中国からとり入れた漢字をさらに読みやすくしようとして、ひらがなやカタカナが生まれたわけです。水墨画で有名な雪舟は、中国で絵を学んだ後、それを基に独自のスタイルをつくり上げたという点が評価されています。カステラや金平糖も、海外から伝わったお菓子が日本風に解釈され、いまや日本のお菓子になっている。そういうものがたくさんあるのが面白いですね」
「日本文化」と聞くと、高尚なものに感じてしまう人もいるかもしれません。けれど、私たちの日常でもできる楽しみ方はたくさんあると彬子さまはおっしゃいます。
「展覧会に行くとき、私はいつも『何かひとつ持って帰れるとしたらどれにするか』という視点で鑑賞します。普段の生活でも楽しみは深められるはずです。たとえばお節句には本来、季節の変わり目で体調を崩しやすいので気をつけましょうという意味があります。端午の節句も、旧暦でいうと梅雨のじめじめした時季で病気が流行りやすかったため、邪気を祓い、心身を整えるための食べ物をいただいたのです。年中行事の意味を理解して、そのときどきの特別な食べ物をいただくだけでも日本文化を知ることになるのでは」
文化とはガラスケースの中に保存するものではなく、生活のなかに息づいてこそのもの。彬子さまがずっと大切にしていらっしゃるお考えです。
「文化を未来に手渡すためには、私たちの生活のなかに残っていくことが必要です。食卓で陶器や漆器を使ったり、神社の前を通ったときに一礼をしたり。ひとりひとりの身近な実践を通じて、日本文化が残っていけばと思っています」
〈撮影/山田耕司 イラスト/イオクサツキ 取材・文/嶌 陽子 ヘアメイク/与儀美容室〉
彬子女王殿下(あきこじょおうでんか)
故寬仁親王のご長女としてご誕生。学習院大学ご在学中およびご卒業後に英国オックスフォード大学マートン・コレッジにご留学、女性皇族として初めて博士号を取得された。現在は京都産業大学日本文化研究所特別教授、一般社団法人心游舎総裁などをお務めになっている。ご著書に『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)など
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すべてのモノには物語がある
日本美術研究者のプリンセスがひも解かれる
英国から日本へ、寄り道のキセキ
大英博物館の「宝物」発見から
伊勢の神宮、お茶の話、皇室の洋装化・帽子をかぶる理由など、
知られざる裏側がここに
◎まるで目の前でご講義くださっているような1冊!
女性皇族として史上初となる博士号を取得、大学で特別教授や特別招聘教授を兼任され、ベストセラーとなった『赤と青のガウン オックスフォード留学記』をはじめ、多くの著書を執筆されている彬子女王殿下。本書には、多くの大学などで講義されたものをまとめた7つの「特別講義」が収録されています。大英博物館の「日本」コレクション、海をわたった法隆寺金堂壁画、美術の裏側にあるもの、神道と日本文化など、リアルな経験談を交えた内容は、まるで目の前で講義を受けているかのような臨場感をもたらしてくれる一冊です。
【目次】
講義の前に 伝統とは「残すもの」ではなく、「残るもの」
特別講義① 大英博物館の「日本」コレクション
特別講義② 西洋から見た日本美術――海をわたった法隆寺金堂壁画
特別講義③ 西洋から見た日本美術――美術の裏側にあるモノ
講義の間に 広がる「わたし」の可能性
特別講義④ 新文化論――神道と日本文化
特別講義⑤ 新文化論――皇室の装束と文化
特別講義⑥ 大英博物館のコレクションから知る日本のお茶の話
特別講義⑦ 平和の礎、スポーツの聖地






