新年に、改めて着物と向き合う時間
年明け──。40年前、20代のころに誂えた着物を着る機会がありました。それも20年ぶりに。昨年12月初めに「着よう」と思い立ち、必要なものを忙しなく揃え、久しぶりに袖を通しました。
前回、着物を着たのは東京で暮らしていた最後の年です。それから幾度も住まいを変えています。その時間のなかで処分した着物周りのものがいくつもあります。着物も数十枚手放しました。そんなことから、必要なものを新たに調べ、買い足し、手入れをし、20年の記憶をたどりながら準備をしました。
思い出の着物に手を入れる
「着物を着よう」と思ったのは、昨年、再開した茶道の初釜のためです。日頃のお稽古はワンピースで通っているのですが、初釜というとそんなわけにはいきません。また「みなさん華やかですよ」という社中の方の言葉にも背中を押されました。
手持ちのもので華やか着物は、20代のころ両親につくってもらった訪問着だけです。当時は「ずいぶん地味な着物ですね」と言われたものです。「一生、着られますね」とも。それでも、20代と60代はちがいます。着られますが、細かな部分は気になります。せっかく着るのです。思い切って気になる部分に手を入れることにしました。八掛と呼ばれる着物の内側の色を変えることにしたのです。
元の八掛は、紅梅のような色でした。深めの紅梅色でしたが、少し可愛すぎるように感じます。この八掛を灰色、グレーにすることにしました。

「八掛は少し派手でもいいんですよ」という呉服売り場の方に言われましたが、グレーになり落ち着いた着物になりました
相談した先は、百貨店の呉服売り場
こういう時、相談するのは呉服に強い老舗のデパートです。12月半ばに訪れ、事情を話したところ、早急に仕上げてくれることになりました。八掛の色もその場で決めることができました。本当は、染めたほうがいいのですが、今回は、時間が限られているため、あるもののなかから選びました。「グレーにしたい」というわたしのリクエストに微妙に明度がちがうグレーの色見本をだしてくださり、そのなかから好みのものにしました。
今回、はじめて知ったことがあります。帯のクリーニングができるようになっていたことです。かつて「帯は洗えないもの」でした。でも、いまは、技術が確立され、クリーニングも、プレスもできるようになっていたのです。わたしは、40年前の帯のプレスをお願いしました。つぶれ気味だった帯が、ふわりと仕上がり戻ってきました。古い帯や汚れが気になる方は、帯のクリーニング、お勧めです。

プレスをして張りが戻った帯。クリーニング7000円、プレスのみ4000円
いまの自分に合わせた着物で、茶道の初釜へ
着物は、何年、何十年経っても着られるものです。今回、改めてそのことを認識しました。でも、流行がないわけではないのです。色、柄、組み合わせは、時とともに変化します。自分の好みも変わります。40年前の着物は、やはり、40年前のものなのです。それでも、八掛の色を変え、帯をきれいにしたことで、気持ちよく着ることができました。初釜当日は自分の着付けに自信がなかったので(ほとんど忘れています)、プロの方にお願いしたのもよかったです。

草履は畳表の25年前のもの。一度、鼻緒をすげ替えました。畳表の草履をつくる職人さんが減っているそうで「大事に」とよく言われます
正直、この先、着るか着ないか分からない着物の八掛をあたらしくするのは、勿体ない気もします。初釜で袖を通しそれっきりになるかもしれません。でも、八掛を変えたことで着物は息を吹き返したように見えました。「20代の着物」から「60代の着物」になったというのでしょうか。
着物に触れ、考えながら進めていくなかで、亡くなった母との時間を思い出せたのもいいことでした。20代。どんな色がいいか、柄がいいか話しながら決めたこと。帯締め帯揚げの組み合わせについて。草履やバッグの選択。交わした言葉が昨日のことのようによみがえりました。40年前の着物を、20年ぶりに着たこと。それを一番よろこんだのは、母なのかもしれません。

初釜を終え友人とホテルのラウンジで

広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、設計事務所共同代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、瀬戸内を経て、2023年から再び東京在住。現在は、執筆のほか、ホテルや店舗、住宅などの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)、最新刊は『60歳からあたらしい私』(扶桑社)。インスタグラム:@yukohirose19



