(『天然生活』2025年2月号掲載)
立場を変えて考える、自分の新しい視点
生まれ故郷の熊本市で書店を営む田尻久子さんにとって、熊本で起きた水俣病の患者を題材とした『苦海浄土』は、ものの見方や考え方を揺さぶられた1冊でした。
「若いころに読み、最初は悲しくなったり、加害者に腹が立ったりしていたのですが、読み進めるうちに、自分を被害者側において考えることに疑問が生まれました。もし、あのときあの場所にいて、私が水俣病にかからなかったら、差別する側になっていたかもしれない。善と悪だけでははかれないものがあると、身体的に教えてもらった気がします」

田尻さんの人生を変えた3冊
社会のなかで弱い立場にある人たちのことを知りたいという田尻さんの姿勢は、『生きなおす、ことば』にも。識字率ほぼ100%といわれる日本で、読み書きができない人と識字学校主宰の著者との交流を描いています。
「文字が読めない、書けないということは、私たちがその言語を知らない国で生活している感覚に近いんです。すごく不平等なのに、そういう人たちのことを考えずに生きてきたな、と。識字だけではなく、自分の当たり前が通常ではないことを忘れずに生きていきたいと思わせてくれた、大事な本です」
田尻さんの人生を変えた本3冊
デレク・ジャーマンの庭

デレク・ジャーマン 著 ハワード・スーリー 写真 山内朋樹 訳 創元社
映像作家のデレク・ジャーマンが、イギリス南東部の原発にほど近い岬で、死の直前まで育てつづけた庭の写真とエッセイ。
「彼の創造力や哲学がすべて込められた庭。わが家も庭があるので、庭に対する向き合い方が変わってきた気がします」
生きなおす、ことば
書くことのちから――横浜 寿町から

大沢敏郎著 太郎次郎社エディタス
さまざまな原因で学びの機会を奪われ、読み書きができない人たちが、文字を自分のものとしていく実践記録。
「私の周りにいる人たちも、困り事や痛みを抱えているかもしれない。読む前と比べて、想像力が多少増したのではないかと思います」
苦海浄土

石牟礼道子著 河出書房新社
工場排水の水銀が引き起こした水俣病の患者と家族の苦しみと尊厳を描いている。
「水俣病を風化させたくないので、書店を始めてからずっと置くようにしています。重たい内容に感じるかもしれませんが、読むととても引き込まれますよ」
田尻さんの読書習慣

家では少しでも時間があると本を読んでいるという田尻さん。
「寝室や風呂場などあちこちに置いて、意識することもなく、いつでも息をするように自然に読んでいます」
〈撮影/白木世志一 取材・文/長谷川未緒〉
田尻久子(たじり・ひさこ)
熊本市生まれ。会社勤めを経て2001年に熊本市内に雑貨と喫茶の店「orange」を開業。2008年に隣を借り増しして「橙書店」を開く。2016年より文芸誌『アルテリ』の発行・責任編集を務めるほか、さまざまな媒体で執筆。著書に『猫はしっぽでしゃべる』(ナナクロ社)など。2017年には第39回サントリー地域文化賞を受賞。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです




