生後1週間の子猫を拾って
朝、台所に立つと、10匹分の気配がゆらりと動き出します。
カリカリの袋を開ける音、湯を沸かす音、窓から差し込む光。わが家の猫たちは、みんな元保護猫です。やって来た時期も年齢もばらばらで、人生の途中から同じ屋根の下で暮らすようになりました。
歳を重ねてから来た子もいれば、生まれたばかりでやって来た子もいます。
今日は、その中でもいちばん小さな姿で出会った「こころ」の話です。こころは、生後一週間ほどでした。
ある日、家の前をふらふらと彷徨い、まるで力尽きるように玄関先に落ちていました。手のひらに乗るほどの、温かいかたまり。慌てて抱き寄せ、胸に入れ、そのまま家に連れ帰りました。
病院では幸い大きな問題はありませんでした。
けれど、まだ自分で何もできない命です。数時間おきのミルク、脱脂綿で促すトイレ、夜中の確認。眠い目をこすりながら、それでも小さな舌が哺乳瓶に吸いつくたび、ほっと胸をなでおろしました。
やがて目が開き、よちよちと歩くようになり、気がつけば私はすっかり離れられなくなっていました。
――守ったはずが、守られている。そんな感覚でした。
付きっきりで育てた子猫がわがまま猫に
ところが、こころはとにかく、わがままなのです。
わが家は基本的にごはんは食べ放題。いつでも器にはドライフードが入っています。それでも、気に入らないと「ちがう」と言わんばかりに、声を張り上げます。
ウェットフードを出しても、それではないと鳴き続けます。ささみがいい日もあれば、食後に「うんちが出ない」と訴える日もあります。

不満でお怒り
要求が通るまで、決してあきらめません。
「ふまーん、ふまーん」と、ほんとうにそう聞こえるのです。
こころにとって、「もらえること」は当たり前です。
あることは当然で、欠けていることは大きなマイナス。世界は、満たされていてしかるべきものなのです。

こころだけ、ウエットのごはん
足りないものばかり見つけて不満をためてしまっているかも、と自分を振り返る
その一方で、歳を重ねてから家に来た子たちは、驚くほど穏やかです。とくに野良生活をしていた子ほど、静かに、ゆっくりと暮らします。
ごはんがあればうれしい。あたたかい寝床があれば、それだけで十分。撫でると、目を細めます。
ないものより、あるものを数えているように見えるのです。
もちろん、こころが悪いわけではありません。
生まれた瞬間から「守られる世界」にいたのですから、そう育つのも自然なことなのでしょう。
けれど私は、ときどき考えます。自分はどちらに近いのだろう、と。
足りないものに目を凝らし、心の中で「ふまーん」と鳴いてはいないか。それとも、今日ここにあるぬくもりを、ちゃんと数えられているだろうか。
猫たちに囲まれた暮らしのなかで、私は何度も教えられます。
しあわせは、増やすものというより、気づくものなのかもしれません。
こころの大きな声を聞きながら、私は今日も思うのです。
しあわせ上手になりたい、と。

しあわせ上手になるための、やさしい小さな習慣
・「今日あった、よかったこと」を3つ数えてみる
大きな出来事でなくて大丈夫です。お茶がおいしかった、風が気持ちよかった。小さな「ある」を数える練習は、心の向きを少しずつ変えてくれます。
・足りない気持ちを、否定せずに名前をつける
「不満」「寂しい」「疲れた」など、ただ認めてあげます。こころが鳴くように、まずは声を聞くこと。気づくだけで、少し落ち着きます。
・誰かや何かに、そっと触れてみる
猫でも、植物でも、湯のみでも。触れるという行為は「今ここ」に戻してくれます。今あるぬくもりに気づきやすくなります。
・“当たり前”を一度、言葉にしてみる
水が出ること、お布団で眠れること、誰かがいること。当たり前に思っているものを、あえて口に出すと、その重みがやわらかく胸に届きます。
・完璧を目指さない日をつくる
今日はこれで十分、と決める日をつくります。満たされていなくても、満ちている部分はきっとあります。
猫たちと暮らしながら、私もまだ練習中です。
けれど、あるものを数える時間が、きっと私たちをやわらかくしてくれると信じています。

おひざも大好き
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咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」






