猫たちとの夏支度
五月の半ば、部屋の空気が少しずつ夏のほうへ傾いていきます。
朝、窓を開けると、風がふわりと入ってきます。冬の名残のような重たさはもうなく、かわりに、少し湿った草の匂いがします。
そろそろ部屋も、季節に合わせて少し軽くしたいころです。
ラグを薄手のものに替え、クッションカバーを洗い、猫たちの寝床も少しだけ移動させます。といっても、大がかりな模様替えではありません。人間にとっては「ちょっと動かした」くらいのことです。
けれど、猫たちにとっては違います。
「これは何事ですか」
「誰の許可を取りましたか」
「そこは昨日まで私の場所でしたが」
そんな顔で、ぞろぞろと集まってきます。

替えたいけれど動きません!
少しの移動にも敏感なのが猫
まずやってくるのは、慎重派の子です。新しいラグの端に前足をそっと置き、匂いを嗅ぎ、また前足を引っこめます。まるで、知らない温泉の湯加減を確かめている人のようです。
次に来る子は、もう少し大胆です。ラグの真ん中にどん、と座ります。そして何もしていない顔で、こちらを見ます。
「ここ、私の土地になりました」
たった今、所有権が発生したようです。
全は、甘えん坊なので、模様替えそのものより、私がしゃがんだり立ったりしていることのほうが気になるようです。棚を動かしていると足元に来て、布を畳んでいると布の上に乗り、掃除をしていると掃除している場所に寝転びます。

片づけたい座布団から動かない
手伝っているつもりなのかもしれません。
ただ、正直に言うと、たいへん邪魔です。
でも、その邪魔の仕方があまりにも一生懸命なので、こちらも「ありがとうね」と言うしかありません。猫の善意は、だいたい作業効率を半分以下にします。
人間としては、「夏に向けて風通しをよくしたかっただけだよ」と言いたいのですが、猫には猫の都合があります。昨日まで安心していた場所が、今日は少し違う。私たちにとっては小さな変化でも、猫にとっては大きなニュースなのです。
だから、模様替えのあとは、いつもの毛布を一枚だけ残しておきます。古い匂いのついたものがあると、猫たちは少し安心するようです。
人間都合の模様替えに付き合って
人間はつい、部屋をすっきりさせたい、季節らしく整えたい、写真に撮っても恥ずかしくないようにしたい、などと考えます。でも猫たちは、もっと単純です。
風が通るか。
陽が当たるか。
安心して眠れるか。
そして、撫でてもらえるか。
暮らしに必要なものは、案外それくらいなのかもしれません。
とはいえ、猫と暮らす部屋に「完成」はありません。
整えたクッションは落とされます。まっすぐ敷いたラグは斜めになります。洗いたてのカバーには、誰よりも早く猫の毛がつきます。
でも、それでいいのだと思います。
少し乱れていて、少し自由で、少し笑ってしまう。そんな部屋のほうが、猫も人間も息がしやすい気がするのです。

整える前にくつろぎ始めてしまいました
猫と暮らす、季節の模様替えメモ
・猫さま内覧会を開催する
模様替えのあとは、猫たちが必ず点検に来ます。匂いを嗅ぎ、座り、乗り、ときには不満そうな顔をする。その反応を見ながら、少しずつ配置を整えると安心です。
・前の匂いを、ひとつ残しておく
全部を新しくすると、猫は落ち着かないことがあります。いつもの毛布やクッションを一つ残すだけで、「ここはまだうちです」と伝わります。
・陽だまりは猫に聞く
季節が変わると、日差しの入る場所も変わります。猫が集まるところは、たいてい家の中でいちばん気持ちのいい場所です。
・手伝い風の邪魔は、ほどほどに歓迎する
布の上に乗る、掃除中の場所に寝る、動かしたい箱に入る。猫の手伝いはなかなか進みませんが、その姿こそ暮らしの愛嬌です。
・完璧な部屋より、眠れる部屋
見た目を整えることも楽しいですが、猫が安心して眠れることがいちばん。少し毛がついていても、そこにぬくもりがあれば十分です。
夕方、模様替えを終えた部屋に、やわらかな光が差し込みます。
新しいラグの上では、もう誰かが丸くなっています。窓辺では別の子が、風の匂いを嗅いでいます。テーブルの上ではウンが、今日も夫の手を待っています。
私は少し斜めになったラグを見て、直すのをやめました。
どうせまた、誰かがそこに寝るのです。
五月の部屋は、きれいに整った部屋ではなく、猫たちに少しずつ使われて、ようやく完成していく部屋です。
その完成形が、毎日少しずつ崩れていくことまで含めて、わが家の暮らしなのだと思います。

「シーツもできたら替えないで」の顔
◇ ◇◇ ◇◇

咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」






