(『天然生活』2015年7月号掲載)
心豊かな毎日を送るためのヒント
体調を崩して気づいた一汁四菜の大切さ
料理研究家として活躍の場を広げていった横山さんは、45歳ころに転換期を迎えます。体調を崩すことが多くなり、あらためて食を見直しました。それまで和洋中を問わず料理を紹介してきましたが、和食に一本化。
「一汁三菜に漬物を加えた一汁四菜が基本になりました。発酵食品の漬物文化が根付いている長野は長寿の県でもあります。ピザやグラタンではなく、にもの、すのものといった“ひらがな料理”を大切にしていきたいと、行くべき道が決まりました。ひと昔前のごはんが食べたいと、私自身が欲していたんですね」
一日のなかで一番長い時間を過ごす台所は、たっぷりの陽が差し込む居心地のいいつくり。よく使う道具はすぐ手に取れる場所に置かれた、機能的な仕事場です。
「鍋やフライパンなどの道具も調味料だと思っているの。鉄のフライパンで炒めものをすれば鉄分が加わりますからね。アルミは使わず銅、鉄、ホウロウだけです」。塩、しょうゆ、みりん、酒といった基本の調味料も、決まったつくり手のものだけを使います。
「目に見えないところにこそ噓はつきたくない。正しい調味料の力を少し借りて、素材を生かすことを大切にしたいです」
毎日のことだから、気持ちを込めたものを使いたい
ふきんや雑巾も、横山さんの手にかかれば、もはやアート作品。
「銀行でよくもらう社名入りのタオルをそのまま使うのは嫌なの。気に入った布で飾ったり、ステッチを入れたりしてアレンジします。そうすると個性が出て家仕事が楽しくなるんですよ。毎日のことだから、気持ちを込めたものを使いたい。同じふきんでも、食器用、台ふきん用と分けて使う際の目印にもなって便利です」
そう話す横山さんにとって縫い物も大好きな趣味のひとつ。一日のなかですき間時間を見つけ、5分程度で手早く仕上げていく。「昔は、子どもが寝ついたら10針縫おう、とか考えるのが楽しかった。小さな布に針を通し、それを毎日、積み重ねて縫うことが、私の生きた証みたいに思えたんです」。
汚れたふきんはすぐに捨てずに、食器棚の器と器の間に挟んでカビ防止用にして最後まで使いきります。
選び抜いたものだけをそばに置く心地よい暮らし
心豊かな毎日を送るためのヒントは、家のなかで一番いいものを日常的に使うことだといいます。
「私は、お茶を飲むのが好きなので、急須や湯飲みは骨董市などで気に入ったものを探すことが多いかな」。
美しい器を目にしたときは、素敵と思うだけではなく、それを家に取り入れたときに空間になじむかどうかも考える。美術館で芸術に触れたり、美しい景色を見たりすることで、センスが磨かれていくとか。「吟味して選んだものがそばにあると心地がいいんですよね。おのずと大切にしようという気持ちが生まれ、長く使いつづけられます」
専業主婦から長野県を代表する料理研究家へと活躍してきた人生は、周囲に背中を押されて突き進んできたといいます。
そのひとつが「自立しないとだめよ」と叱咤激励してくれた母の存在。新聞記者だった姑も女性が社会で活躍することに賛成でした。そして、一番の応援団の悟さんは、「彼女の食事が楽しみでしようがなかった」と照れ笑い。
「家族には感謝しています。私が大事にしていることは、いま与えられている場所をおろそかにしないこと。その積み重ねが必ず何かに結びつくと、信じて歩んでいきたいです」
料理研究家・横山タカ子さんの暮らし。何気ない日常に、心を尽くして(1) 「私の趣味は暮らし」へ ⇒
料理研究家・横山タカ子さんの暮らし。何気ない日常に、心を尽くして(3) 「発酵食レシピ2品」へ ⇒
<撮影/村林千賀子 取材・文/梅崎奈津子>
横山タカ子(よこやま・たかこ)
長野・大町市生まれ。身近な素材を使った郷土食を提案する料理研究家。2007年に第12回NHK関東甲信越地域放送文化賞受賞。著書に『日本酒で愉しむ信州の二十四節気』(信濃毎日新聞社)などがある。
※トップの写真について
「昔は自宅で料理教室をやっていたので、この台所でたくさんの生徒さんと料理をつくっていました。いまではレシピを考えたり、料理を試したりと、集中して仕事をしている場所です。とても落ち着きます」
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです