耕さない、農薬も肥料も使わない─。「自然の営みに沿った」農業で豊かな実りを手にする川口由一さん。太陽が照りつける夏の盛り、奈良県の川口さんを訪ねて目にしたのは、生命力にあふれた “素顔” の田畑。自然農のあり方は、川口さんの生き方そのものでした。
(『天然生活』2015年11月号掲載)
機械を使わず、手作業で
奈良・桜井市。早朝5時、朝もやに浮かぶ三輪山の神々しい姿に見守られるように、川口由一さんは鎌を手に作業を始めます。
専業農家の長男として生まれた川口さんは、76歳になったいまも毎日、畑に立ち、見習い兼サポート役の小島摩紀さんと一緒に、年間70種類以上の作物を育てています。
「草がたくさん生えてますから、びっくりするかもしれませんよ」。そう笑って川口さんが案内してくれた畑は、さまざまな草木が青々と勢いよく茂るなか、あちこちで野菜が可憐な花を咲かせ、実り、枯れ草が重なった土の上には新たな作物が芽吹いていました。
見慣れた畑とはあまりにも違う姿。でも、混沌としているようで、野菜も草木も本当に伸びやかで生き生きと輝いているように見えます。
川口さんが営む自然農は、「耕さない、農薬や肥料を持ち込まない、虫や草を敵としない」が三原則。作業は、鍬、鎌、スコップなどを使って、すべて手で行います。
「自然農で最も大切なのは、耕さないこと。耕さなければ、その土地に多種多様の動植物や微生物の営みがありつづけ、その生き物たちの生死のめぐりが土の上に積み重なって糧となり、次のいのちを育む舞台になります」
耕すことで、そこに生きる多くのいのちが失われ、太陽にさらされた土は硬くなり、肥料を与えて耕しつづけなければならない悪循環に陥るといいます。「耕さない」といっても、ほったらかしにするわけではありません。作物の若いうちは周囲の草を取り、虫が大量に発生したら手で捕殺することも。
「薬を使って草や虫を一掃しなければ生態系のバランスは崩れないので、豊かな土壌は生きつづける。その土の上で作物がみずからの力で育つように適切に手を貸してやれば、健康で美味な実りを得ることができるのです」
刈った草は畑の上に敷き、虫の死骸も土の上へ。実りが終わり枯れた作物は根元を残して刈り、また畑の上に寝かせる。だから畑には土の表面は見えず、元気な草や枯れ草で覆われているのです。
「以前は僕も、除草剤や耕運機に頼って作物を育てていました」。田んぼから自宅へ戻る途中、耕され除草された畑を見やり、川口さんはいいます。
「でも、いまは、耕されて草が生えず、生き物が存在していない田畑は考えられない。それに、石油や有限の資源に頼らず手作業でやれば環境への負担が少なく、永続さえ可能です。」
<撮影/伊東俊介 取材・文/熊坂麻美>
川口由一(かわぐち・よしかず)
1939年生まれ。中学卒業後、慣行農業に従事したのち、1978年から自然農と漢方医学に取り組む。主な著書は『妙なる畑に立ちて』(野草社)、『自然農にいのち宿りて』(創森社)など。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです