「鳥の声で目が覚めるのよ」。週に一度、そんな朝を迎えているという石田紀佳さん。自然の恵みいっぱいの時間について伺いに、里山にある家を訪ねました。今回は、草木や花にぐっと近づく、石田さん流の散歩術と、朝のための家仕事についてのお話です。
(『天然生活』2016年5月号掲載)
緑のみちくさ、朝の散歩の楽しみ
「植物に『おはよう』 とあいさつする感じかな」
石田さんは朝の散歩を、そう表現します。草木や花にぐっと近づく、石田さん流の散歩術を教えてもらいました。
散歩の準備
履きやすい靴と、野草摘み用のはさみとかご。これが散歩の必需品。履き込まれた靴は、以前、ワークショップでつくったもの。革は自分で藍染めした。かごは、底が平たいことと、持ち手が長く、肩にかけられることがポイント
朝露踏み
はだしになって、朝露のついた草の上を歩く。「東京では、はだしで外を歩くなんてこと、なかなかできないでしょう。足の裏で直接、大地を感じるのが気持ちよくて。しばらくたつと、足がほかほかに温まってくるんです」
季節を味わう
家の庭にある金柑の木が、たくさん実をつけていた。さっそく、枝に手を伸ばしてひとつ取り、パクッと、ひと口。甘さとほろ苦さが口に広がる。「朝露と一緒に、果実を少しつまむのも楽しみ」。体全体で、季節を感じ取る
畑の収穫と野草摘み
ダイコンバナ、カラシナ、コマツナ、ヨモギ、ハコベ、スイバ、アサツキ。朝露がついたままの葉を少しずつ摘んで、生のまま食べたり、お味噌汁に入れたり。「コマツナなんかも、売っているものとは違う、力のある味です」
気持ちのいい朝を迎えるための準備
すがすがしい朝を迎えるためには、前の晩の過ごし方も大切です。
翌朝のための家しごとを終えたら、心身を静かに落ち着けて、ゆっくり休みましょう。
一夜漬けをつくる
翌日の朝食用に、野菜の一夜漬けをつくっておく。この日は大根。薄く切り、皮は細かくきざんで一番下に。塩をふり、ラップをして上から重しを。「重しは、海や河原で拾った小石です」
大根の葉を入浴剤に
大根の葉を乾燥させてから、水と一緒に鍋に入れて煮出す「干葉湯」。液体が茶色っぽくなってきたら、液体だけ、お風呂の湯に入れる。「体がぽかぽかに温まって、よく眠れるのよ」
朝食の下準備
味噌汁は、前の晩に材料を煮込んでおけば朝は味噌を入れるだけ。酒粕と季節の果物や野菜を合わせた「酒粕ポリッジ」も朝食の定番。酒粕とりんごをひと晩、漬けておき、翌朝、煮る
3行日記をつける
カバーは、こんにゃくのりを塗って強くした和紙「紙衣」。中の紙は自分で藍染めしたもの。自分でつくった日記帳だと、愛着もひとしお。寝る前に布団の中で書くのが日課
※ ※ ※
「くたびれて眠るのではなく、朝のために、整えて休むようにしたいですよね」
そう話す石田さん。翌朝、バタバタしなくてもいいように、毎晩、朝食の下準備をしたり、翌日に何を着るかを考えておいたりします。
「それから、よく眠ること。お風呂で温まることも大事だし、質のいい睡眠をとるために、寝具にはこだわっています」
とくにシーツは、冬は手織りのウール、春から初夏と秋はタッサーシルク、夏は手織りの生き平びらと、季節によって使い分けています。
もうひとつ、石田さんが翌朝に向けて「心」を整えるために続けているのが、一日に3行だけ書き込む10年日記です。
「『今日は梅の実を漬けた』とか、その日の行いをさらっと書くだけ。布団の中で書いて、ぱたんと日記帳を閉じると、もう寝よう、という気になるの。3行でも、10年間続けると、いい記録になるのよ」
日記をつけるうえで、石田さんが決めていることがあります。
「嫌なこと、とくに他人の悪口は絶対に書かない。つらいことがあっても、日記にいいことだけ書くと、不思議と翌朝には忘れて、気持ちよく一日を始められるんです」
一日を、楽しい記憶で締めくくる。そうすることで、まっさらな朝を迎えられるのです。
<撮影/砂原 文 取材・文/嶌 陽子>
石田紀佳(いしだ・のりか)
展覧会や執筆、ワークショップなどを通じて、手しごとや植物について紹介している。著書に『魔女入門 暮らしを楽しくする七十二候の手仕事』(すばる舎)。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです