浪人生活スタート。そして富山へ
お店のない暮らしが始まりました。
日々スケジュールに追われるように過ごしていたので、なんとなく落ち着きません。日中の街ってこんな風なんだなあと、Wi-Fiを求めて入った地元のスタバでボーと周りの人の様子を眺めたり。
これまで年末年始や夏休みに1週間ほどしか訪れることができなかった、遠方に住む母の家にも一ヶ月の長期滞在を。ここではひたすらに本を読んだり、ボーとしたりの毎日です。
そんな暮らしの中で、少しずつですが、次の店についても頭の片隅で考えたりしていました。
移転先の環境については、漠然としたイメージは持っていました。郊外で、海や山に近く自然を感じられるところ。ある程度は敷地に広さがあって、庭仕事や野菜づくりなどもしてみたい。近くに大きな木があるようなところ。
なんとなく知人も多い神奈川県の郊外かなと思っていました。土地勘は無かったので少しずつ通ってピンと来るところを探そうと思っていました。
新しい店をどんな店にするかということも、妄想はできていました。
16年間の巣巣での日々を通して、出てきた考えなのですが、人と交流のある空間にするということ。お店なのだから、当たり前といえば当たり前なのですが。人と人とがモノを媒介としてコミュニケーションをとる空間。それを細々でも長く続けられるようにしたいと思いました。
もちろん日々の生活や店の経営に必要なお金は、ちゃんと売り上げからまかなっていく体制は作るとして、この先ちょっとのことではへこたれないような仕組みを作りたいと思いました。
東日本大震災のあとで経験した、みるみる売り上げが下がっていって、このままでは家賃やスタッフへのお給料も払えなくなり仕入れもできず閉店するしかない、という状況。実際に閉店のお知らせも印刷し発送、大家さんにも退去しますと連絡したあとでの、まさかのどんでん返しでした。
そういう場合でも続けていけるような店にシフトチェンジしたい、という気持ちがずっと心の中にありました。
ちょうど一年前の2019年の4月、もともと転勤族で、日本中あちこちを転勤していた家人が、富山市に転勤になりました。時間に余裕があったので、家具の納品に使っていた巣巣カー(ハイゼット)で引越しを手伝い、しばらく富山に滞在することに。
富山県は、学生時代に所属していたハイキング部で、北アルプスの立山連峰を縦走し、下山後、室堂経由で通過した時と、10年ほど前に石川県出身の友達の家に遊びに行った時に、訪れた時以来でした。
富山に来てまず驚いたのは、北アルプスの山々の景色の美しさでした。剣岳や立山など、雪をいただいた3,000m級の山が連なり、素晴らしい景観です。
不思議なことに前に来た時にも、その同じ景色を見ていたはずなのに、なぜか記憶に残っていませんでした。
ここでも時間はたっぷりあったので、住まいの近くを流れる神通川の河岸を、朝に夕にと散歩しながら山の景色を楽しみました。
富山は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われているほど、曇りや雨の日が多いのですが、刻一刻と変化していく雲と陽の光が織りなす空の様子が本当に美しいのです。
近所の護国神社では毎月第一日曜日に「蚤の市」が開催されていました。
朝6時ぐらいからお店が始まります。美味しいマフィンやケーキを販売するお店、コーヒー屋さん、古道具の店、古い着物を売る店、自家製の漬物や野菜を販売するおばあちゃん、干物屋さんなどなど。毎回大勢の人で賑わう楽しい蚤の市、すっかりファンになりました。
こうして富山と東京を行ったり来たりする生活が始まりました。
6月8月9月と家族や友人がたくさん遊びに来てくれました。アルペンルートで室堂まで行き、日本最高地点の温泉、みくりが池温泉に入ってから、白えびラーメンを食べたり、弥陀ヶ原ホテルに泊まったり、八尾の風の盆を初体験したり、海の幸や美味しい地元のお酒を楽しみました。
でもこの時はまだ富山でお店をするとは思いもしませんでした。
巣巣 岩崎 朋子(いわさき・ともこ)
世田谷の等々力で「巣巣」という家具と雑貨の店16年営み閉店。現在富山県立山町に移住して新しい店を準備中。バンド「草とten shoes」リーダー。著書に「小さな巣をつくるように暮らすこと」(SBクリエイティブ)。
<撮影/馬場わかな(プロフィール写真)>