• 東京・秋葉原にある、カフェ風精進料理のお店「こまきしょくどう」おかみの藤井小牧さんによる、日々の暮らしや食などを綴る連載です。精進料理のレシピもときどき紹介。今回は、次女の思春期と「茶せんなす」のお話です。

    思春期となす

    さて、今年の梅雨は長梅雨で、8月頭までジメジメとしていました。こちらの執筆時は梅雨真っ只中、朝は晴れていたのに午後から大雨です。張り切って2回もまわした洗濯物もすっかり雨でやられているんだろうな……と、店の窓から滝のように流れる雨を見ながらパソコンを叩いていました。

    シメジメしたのは天気だけでなく、我が家にまた「思春期」がやってきたからでもあります。

    長女はワイルドで充実した山村留学中ですが、次女はネオン輝く街に住むシティーガール。今はひとりで、姉妹の部屋を独占してゆったりと過ごしておりました。

    が、自粛期間も終わり登校がはじまったあたりから次女の「イヤイヤ期」が始まりました。

    「学校だるい……」から始まり、おにぎりと味噌汁を朝ごはんでテーブルに出すと「パンがいい……」、外食に誘うと「一人で行けば……」と、まったくつれない返事を返してくる。

    家の空気が悪くなるのが嫌なので、彼女の好きなアイスを買っても「その味じゃ無い……」と何を話しても否定的な言葉しか返ってきません。

    いままで毎日夕方になると「母ちゃん、何時に帰ってくるの」と寂しげにいう電話があったころが懐かしいです。

    今回は長女の思春期より2回目ということもあり、私もそんなにダメージはありません。いろんなことを「あ、そう」と、返せばいいだけですからたいしたことがありません。

    そんな状況を経ていまは、彼女が食べたい朝ごはんを自分でつくらせ、外食も誘わず、アイス代を渡して自分で買わせることにしました。

    長女がいないこともあり、なんだか一気に手が離れた感じで寂しくなりましたが、それはそれで子どもの成長ですからしばらく見守っております。

    彼女に対しては、毎日ごはんを炊く、麦茶をつくり忘れずに冷蔵庫に入れる、洗濯・掃除をする、学校からの連絡物にハンコを押す。それをやるだけで母業は良し!としています。

    過剰な干渉はしなくても、ママ友が部活の様子を動画でくださるし、PTAで学校に行くので学校からも話を聞けます。

    これも、長女の思春期で学んだ遠巻きから見守る作戦です。家庭内ソーシャルディスタンス。お互いに平和に過ごすための距離感を考えると、心が穏やかになってきます。

    そんな彼女もたまに料理のリクエストをしてきます。

    蒸し暑い日に汗だくで部活から帰ってきたある夕方、彼女がどうしても食べたかったのが「そう麺」でした。

    画像1: 思春期となす

    毎年夏になると、どこかしらからそう麺をいただきます。お中元や、お供えのお下がりのおすそわけを、小さな家庭にはありがたいくらい頂戴するのです。

    沸騰した鍋でサッとゆで、ざるにあげ湯気で眼鏡を曇らせながらすぐ冷水で洗ったら、平竹ざるにそう麺をひと口ずつ巻いてのせ、キンキンに冷えたそう麺つゆをガラスの器にそそぎ、箸を並べます。

    そう麺だけでは寂しいので、2、3日前に農家さんから届いた夏一番のなすでつくった「茶せんなす」を上手に盛る。部活の練習話を聞きながらの様子では、今日は機嫌が良さそう。

    シュートがうまくいったのかな……これならおかひじきのごまあえも小鉢なら食べそう……。ここまできたら機嫌を損ねられません。

    海苔やごまなどの薬味は別皿じゃないと口がへの字になるので、それを避けるべく彼女が林間学校でつくった小皿で出せばパーフェクトです。

    ドギマギしながら彼女と対面し、手を合わせます。

    ひと口麺をすすって、なすに箸を入れているので、もうこれで大丈夫。部活の話やクラスの話を聞きながら談笑しながらの食卓は、十何日ぶりだろうか。

    「この茶せんなすは宗哲じいじの味だから覚えといてね」

    「へー」

    どうやってつくるの?

    なすを5、6本用意する。

    へたを残し、スカートのようながくの根本に包丁をあてながら回し、がくの部分だけを切り落とす。

    まるのままの状態で縦に切り込みを数本入れる。

    熱した深鍋にごま油を入れ、香りがたってきたら鷹の爪1本をたねを出さずに入れ、なすを炒める。

    焦げやすいので、なすに油がまわったら精進だしをひたひたに入れ、醤油、酒を各大さじ1づつ加え、中火から弱火の間でことこと煮る。

    煮汁が半分になったら火を止める。

    日持ちがするし冷蔵庫で冷やしてもおいしいので、多めにつくるようにしています。

    「茶せん」とつくだけあって、盛り付けるときにへたをつまんでお皿に軽く捻りながら押し付けると、茶道で使う茶せんのようです。

    しかし父は禅宗ゆえ、達磨さんが座禅しておられるようになすを座らせ、くぼみに紅生姜をおき合掌したようにすることが上手と我が家ではなされていました。

    彼女が生まれる前に他界した父の味をこの時季になると思い出し食べると、「あのときの父……」と眉間のしわとともに湧いてくる私の「あの山の中で過ごした反抗期」は、昼夜眠らない町に移り住み大人になったいまもまだ続いているので、娘の反抗期くらい大したことはないのです。

    達磨さんに見つめられ、箸を進めながら、直指人心(じきしにんしん)*️。

    思春期のなかにある彼女を見てあげられるように、まだまだ修行が必要です。

    *直指人心 → 自分の奥底にある心を凝視して、本当の自分をしっかり把握すること。



    画像2: 思春期となす

    藤井小牧(ふじい・こまき)
    東京・秋葉原にある「カフェ風精進料理 こまきしょくどう」店主。臨済宗僧侶であり、精進料理家としても知られる藤井宗哲氏と、精進料理家の藤井まり氏との間に生まれ、幼いころより精進料理とともに育つ。現在はお店に立つかたわら、東京の生産者・加工業者を応援する活動「メイドイン東京の会」にも参加している。著書『こまき食堂』(扶桑社)が発売中。

    ホームページがリニューアルしました。
    こまきしょくどう 鎌倉不識庵

    https://www.kamakura-komaki.com/

    ウェブショップもできました。
    こまきしょくどう商店

    https://gomagomagohan.stores.jp/

    ※ ※ ※

    天然生活の本『こまき食堂』(藤井 小牧・著)
    天然生活の本
    『こまき食堂』(藤井 小牧・著)

    天然生活の本『こまき食堂』(藤井 小牧・著)

    B5判
    定価:本体 1,400円+税
    ISBN978-4-594-08460-8


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