(『天然生活』2014年7月号掲載)
す 酢
酢は、酒と並ぶ最も古い調味料のひとつです。
その昔、蓄えた果物などが自然に発酵して酒の源が生まれ、そこへ菌が働いて酢が誕生したと考えられています。
また、疲労回復の効果がある、内臓脂肪の燃焼を促進する、食物の腐敗を防ぐなど、古来、人間が生きていくうえで欠かせない調味料でした。
日本でもさまざまに使われてきましたが、昆布をやわらかく煮るなど酢の効能を生かしたい場合には最初から加える、酢の酸味と香りを残したければ仕上げになど、昔から目的によって用法を使い分けてきました。
酢という調味料は重要でありながら単体で味つけすることは少なく、塩味や甘味と融合することで味がととのう性質があります。
酢の味をダイレクトにつける料理の代表格といえば寿司飯ですが、これとて、大切なのは酢と塩の割合。なぜなら酢には、塩の味わいをまろやかにする働きがあるからです。
酢には、カルシウムを煮溶かす作用もあるため、酢を加えて煮れば、魚の骨までやわらかく煮え、骨つき肉の身離れがよくなります。
また、酢水の中に放すことであくを抜いて白くし、しょうがなどを赤く発色させる作用もあります。さらに、くさみを消し、タンパク質を凝固させるなど、さまざまな効能を有しています。
す 酢
3つの作用
1 骨までやわらかくする
酢を加えて煮ることで、骨からカルシウムが溶け出し、いわしなどは、骨ごといただけるやわらかさに煮上がります。骨つき肉の場合だと、骨と肉の間にあるコラーゲンが溶け出して、身離れがよくなります。
2 くさみ消し
調味料のなかで唯一、殺菌力を強くもつ調味料。くさみは菌の働きが原因であることが多いのですが、菌はタンパク質が主成分。酢の力でタンパク質を変性させることで、菌が自然に殺傷され、くさみが消えるのです。
3 タンパク質を凝固させる
卵白はアルブミンという可溶性のタンパク質が主体であるため、早く固めないと拡散してしまいます。沸騰した湯の中に酢と塩を各少々加え、中に卵を静かに割り落とすと、瞬間的に卵白が固まります。
いわしのアドボ風煮もの
アドボとは、フィリピンの郷土料理。酢で煮るのが特徴。
材料(4人分)
● 真いわし | 4尾 |
● 薄力粉 | 適量 |
● ごま油 | 大さじ1 |
● A | |
・しょうが(せん切り) | 大さじ1 |
・にんにく(つぶす) | 1片 |
・黒粒こしょう | 小さじ1 |
・赤とうがらし(種を抜く) | 1本 |
● 水 | 300ml |
● 酒 | 大さじ3 |
● 米酢 | 大さじ3 |
● しょうゆ | 大さじ1と1/2 |
つくり方
1 いわしは頭と尾を落とし、内臓を除き、3等分の筒切りにする。塩、こしょう(各分量外・各少々)をして薄力粉を薄くまぶす。
2 厚手の鍋にごま油を熱し、いわしの両面をこんがりと焼く。Aを加え、水と酒を注ぎ、強火で沸かす。あくをすくって弱火にし、米酢を加えてふたをして20分煮る。味をみてしょうゆを加え、ふたをせずに2~3分煮る。器に盛り、好みで香菜や白髪ねぎなどとともにいただく。
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世界各地にさまざまな酢がありますが、それらは日本においては米、フランスはぶどう、イギリスではモルト(大麦)など、その土地に根づいた酒の原料、もしくは酒そのものから酢がつくられてきました。
酒と食文化が切り離せないものであるように、酢は風土を象徴する調味料であるのです。
だから、米由来のふくよかでやわらかな甘味のある米酢が、日本料理に合うのは必然ともいえます。
松田さんは、料理全般に伝統的な醸造法でつくられる横井醸造の「純米酢」、酢のものやあえものには京都で280年の歴史をもつ「千鳥酢」、そして中国の黒酢づくりに学んだうま味分の多い横井醸造の「真黒酢」を煮込み料理にと、使い分けています。
おすすめの酢
純米酢
「純米酢」
国産米から酒を醸し、酢酸菌を加えて発酵させ、丹念につくり上げる純米酢。
(問)横井醸造
TEL.03-3522-1111
米酢
「加茂千鳥」
京料理に合うまろやかな味。自社で醸した酒に酒粕の搾り汁を加え、さらに発酵。
(問)村山造酢
TEL.075-761-3151
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「さしすせそ」の底力
料理が素材になんらかの味をつける作業であることを考えれば、調味料の果たす役割は重大です。
また、日本料理が世界に誇れるゆえんも、酒造りとともに生まれた麴を用いて、しょうゆ、味噌、米酢、みりんという固有の調味料が発達したからにほかなりません。
一番の基本となるのが、料理の「さしすせそ」。
それは、砂糖、塩、酢、しょうゆ(せうゆ)、味噌の順に加えるとおいしくできますよ、という先人の知恵です。
そこには、「粒子の細かい塩を先に加えると、粒子の大きい砂糖が中まで入らないから、砂糖は先に」、「しょうゆや味噌は香りがとばないよう最後に」、「酢の酸味をほどよく利かせたければ調理のなかほどに」と、料理を科学でとらえた真理が込められています。
実際、教えのとおりに料理をすると、少ない調味料でしっかり味が入ります。
健康にもよく、時短にもなる。そして何より、素材の味が感じられて、おいしいのです。
調味料は「味」を「調(しら)」べて「料(はか)る」と書きます。
理にかなった方法で調理することが料理の腕前をこんなにも上げるのかと驚かれることでしょう。
<料理/松田美智子 撮影/川村 隆 取材・文/小松宏子>
松田美智子(まつだ・みちこ)
1993年から料理教室を主宰し、日本料理をベースにした家庭料理を教える。「おいしさには理由がある」をモットーに、伝え継がれた料理の科学を追求。著書に『松田美智子 調味料の効能と料理法』(誠文堂新光社)、『季節の仕事』(扶桑社)など多数。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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