• 安らかな微笑をたたえ、見る者を穏やかな心持ちにしてくれる木彫りのお雛さま。作者の日本画家・松尾春海さんの工房を、花教室「日々花」の雨宮ゆかさんと訪ねました。
    (『天然生活』2013年3月号掲載)

    木目の表情をのぞかせる柔らかで温かな雛人形

    画像: 「彩色(さいしき)雛人形」。木目を生かした薄い彩色が特徴。女雛にはれんげとすみれが、男雛にはすみれとたんぽぽが描かれている。一体は両手のひらに乗るくらいの大きさ。作品は年に数回、行われる個展で入手可能

    「彩色(さいしき)雛人形」。木目を生かした薄い彩色が特徴。女雛にはれんげとすみれが、男雛にはすみれとたんぽぽが描かれている。一体は両手のひらに乗るくらいの大きさ。作品は年に数回、行われる個展で入手可能

    出合いは昨年1月のこと。草花研究家・雨宮ゆかさんのお宅。

    自然や季節に寄り添うように暮らし、四季の行事を大切にしている雨宮さんが、春の支度として桃の節句の飾りを見せてくれたのです。

    木を彫ってつくられた雛人形。朱色、山吹色、藍色……と繊細に塗られた色彩の奥には、うっすらと木目の文様。微笑をたたえたお顔には、見る者を穏やかな心持ちにしてくれる安らかさがあります。

    仏師・松尾秀麿さんと、日本画家・松尾春海さんの作品です。

    画像: ぼんぼりや橘の飾りなどとセットになった彩色雛人形。娘や孫にと買っていく女性も多いが、何よりも「自分のために」と求めるファンがたくさん

    ぼんぼりや橘の飾りなどとセットになった彩色雛人形。娘や孫にと買っていく女性も多いが、何よりも「自分のために」と求めるファンがたくさん

    「夫の “婿入り道具” なんです。結婚したとき、いろいろと持ってきてくれたもののうちのひとつが、このお雛さまでした」

    松尾さん夫妻とはご主人を通じ交流のあった雨宮さんとともに、工房を訪ねました。

    画像: 春の花、れんげを描いた雛人形。薄いピンクの着物地の奥にはやさしい木目が透けて見える。額に垂れた髪の毛がなんとも艶やか。柔らかな眉、すうっと一文字に引いた目、小さなおちょぼ口……と、柔和な顔立ちも「松尾雛」の魅力のひとつ

    春の花、れんげを描いた雛人形。薄いピンクの着物地の奥にはやさしい木目が透けて見える。額に垂れた髪の毛がなんとも艶やか。柔らかな眉、すうっと一文字に引いた目、小さなおちょぼ口……と、柔和な顔立ちも「松尾雛」の魅力のひとつ

    夫が彫り、妻が描く夫婦二人三脚の雛人形

    画像: 秀麿さんと春海さんの共作「抱き雛」。女雛と男雛が寄り添うように立っているドラマチックな作品。「実物を見られて感激!」と雨宮さん

    秀麿さんと春海さんの共作「抱き雛」。女雛と男雛が寄り添うように立っているドラマチックな作品。「実物を見られて感激!」と雨宮さん

    工房は富士山麓にあります。縁あって、28年前に、ここに拠点を置きました。本格的に雛づくりを始めたのは、それから2年後。

    「次女が生まれたのがきっかけです。長女は立派なお雛さまをいただいたけれど、次女は、そうはいきません。かといって市販のものではつまらないし、ならば自分たちでつくっちゃおうかって」

    画像: ろくろでひいてつくった木型に彩色を施す。木地はヒバ材を使用。「ヒバは別名ヒノキアスナロで、明日には檜になろうという木、木目は檜に似ています」と春海さん

    ろくろでひいてつくった木型に彩色を施す。木地はヒバ材を使用。「ヒバは別名ヒノキアスナロで、明日には檜になろうという木、木目は檜に似ています」と春海さん

    仏師として仏像の制作、修復をする夫の秀麿さんが形を彫り、日本画家の春海さんが絵付けをする。

    「やってみたら面白く、これならふたりでできる、となったんです」

    しだいに評判は広まり、各地で作品展を行うようになりました。

    画像: 雨宮さんが「今回、一番のお気に入り」と挙げてくれた、華やかな彩色雛人形。女雛には、桜の花と流水桜が描かれている。流れる水の水文は着物に使われる定番の文様。男雛にはもみじと松の木、空に舞う鶴が描かれ、なんともおめでたい絵柄

    雨宮さんが「今回、一番のお気に入り」と挙げてくれた、華やかな彩色雛人形。女雛には、桜の花と流水桜が描かれている。流れる水の水文は着物に使われる定番の文様。男雛にはもみじと松の木、空に舞う鶴が描かれ、なんともおめでたい絵柄

    「面白いのは、女雛と男雛で対になっている点。二体で着物の模様を合わせたり、逆に反対のものを描いたり、形で動きをつけたり、いろいろと遊べるんです。素材が自然のものだから、木目もさまざまだし、絵の具のなじみも紙とは違うのだけれど、それが作品に動きを出してくれるんですね」

    秀麿さんの「形」はしだいに自由になり、それに呼応するように春海さんの「彩色」は伸びやかに。ぴったり呼吸を合わせてつくる雛人形は円熟味を増していきました。

    画像: 女雛の後ろ姿。鉛筆で番号がふられているのは、対になる男雛の木目が同じになるために。同じ木からつくられた型に同じ数字が書かれている

    女雛の後ろ姿。鉛筆で番号がふられているのは、対になる男雛の木目が同じになるために。同じ木からつくられた型に同じ数字が書かれている

    そんななか、悲しいことが起こります。神戸での展覧会の数日前、秀麿さんは展覧会場への荷出しの帰り道、交通事故に遭い、春海さんや家族のもとから突如、旅立っていってしまったのです。

    「あまりに急なことで、本当にびっくりしました。でも、秀麿は最後まで親切だったのね。だって、私にやらなくちゃいけない仕事を残していってくれたから」

    近くに迫った展覧会のため、春海さんは目の前に積み上がった雛人形の絵付けに没頭し、悲しみの淵に落ちそうになるのをなんとかこらえられたのだといいます。

    画像: 春海さんが次々に見せてくれる新作の雛に、歓声を上げる雨宮さん。「春海さんのお雛さまは前・後ろ、どこをとっても見どころがありますね」

    春海さんが次々に見せてくれる新作の雛に、歓声を上げる雨宮さん。「春海さんのお雛さまは前・後ろ、どこをとっても見どころがありますね」

    画像: 制作は集中して行う。「とくに目入れの工程は一番、気を使う。本当に気分のいい、“あ、今日はいけそう” と思ったときだけ、目を描くのだとか

    制作は集中して行う。「とくに目入れの工程は一番、気を使う。本当に気分のいい、“あ、今日はいけそう” と思ったときだけ、目を描くのだとか

    画像: 以前は対のお雛さまのみをつくっていたが、最近は雛道具も少しつくるようになった。雛飾りでつきものの橘の花を描いた飾り。この飾りは平安京の内裏の正面から見て右にあった橘の木に由来するといわれ、左にあった桜の木と対になっている

    以前は対のお雛さまのみをつくっていたが、最近は雛道具も少しつくるようになった。雛飾りでつきものの橘の花を描いた飾り。この飾りは平安京の内裏の正面から見て右にあった橘の木に由来するといわれ、左にあった桜の木と対になっている

    画像: 雛人形と並び、松尾さんがライフワークとして制作している合わせ貝。貝合わせと呼ばれる、昔から伝わる遊びがあり、左右一対のはまぐりの貝の内側に絵を描き、神経衰弱のようにして遊んだのだとか。雛道具のひとつとなっている

    雛人形と並び、松尾さんがライフワークとして制作している合わせ貝。貝合わせと呼ばれる、昔から伝わる遊びがあり、左右一対のはまぐりの貝の内側に絵を描き、神経衰弱のようにして遊んだのだとか。雛道具のひとつとなっている

    画像: 合わせ貝をしまうための「貝桶」といわれる作品。彩色が難しい桐の箱全体に、桜やなずな、つくしなど春の草花が可憐に描かれている

    合わせ貝をしまうための「貝桶」といわれる作品。彩色が難しい桐の箱全体に、桜やなずな、つくしなど春の草花が可憐に描かれている




    〈撮影/雨宮秀也 構成・文/鈴木麻子(fika)〉

    松尾晴海(まつお・はるみ)
    日本画家。仏師の松尾秀麿氏と結婚後、1987~97年、共同で木彫り雛人形の制作を行う。現在は、ひとりで制作。2/5~9に、東京・ 神楽坂「ギャラリー坂」にて個展を開催。詳細はギャラリーのインスタグラム @gallery_saka_kagurazaka、ブログ( https://gsaka.exblog.jp/ )で確認を。

    雨宮ゆか(あめみや・ゆか)
    花教室「日々花」主宰。暮らしの道具や器を主に使い、日々の暮らしに 寄り添うような花の提案をする。オンライン教室も随時開催。著書に『花ごよみ365日-季節を呼びこむ身近な草花の生け方、楽しみ方-』(誠文堂新光社)がある。
    https://www.hibihana.com/

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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