(『天然生活』2013年3月号掲載)
木目の表情をのぞかせる柔らかで温かな雛人形
出合いは昨年1月のこと。草花研究家・雨宮ゆかさんのお宅。
自然や季節に寄り添うように暮らし、四季の行事を大切にしている雨宮さんが、春の支度として桃の節句の飾りを見せてくれたのです。
木を彫ってつくられた雛人形。朱色、山吹色、藍色……と繊細に塗られた色彩の奥には、うっすらと木目の文様。微笑をたたえたお顔には、見る者を穏やかな心持ちにしてくれる安らかさがあります。
仏師・松尾秀麿さんと、日本画家・松尾春海さんの作品です。
「夫の “婿入り道具” なんです。結婚したとき、いろいろと持ってきてくれたもののうちのひとつが、このお雛さまでした」
松尾さん夫妻とはご主人を通じ交流のあった雨宮さんとともに、工房を訪ねました。
夫が彫り、妻が描く夫婦二人三脚の雛人形
工房は富士山麓にあります。縁あって、28年前に、ここに拠点を置きました。本格的に雛づくりを始めたのは、それから2年後。
「次女が生まれたのがきっかけです。長女は立派なお雛さまをいただいたけれど、次女は、そうはいきません。かといって市販のものではつまらないし、ならば自分たちでつくっちゃおうかって」
仏師として仏像の制作、修復をする夫の秀麿さんが形を彫り、日本画家の春海さんが絵付けをする。
「やってみたら面白く、これならふたりでできる、となったんです」
しだいに評判は広まり、各地で作品展を行うようになりました。
「面白いのは、女雛と男雛で対になっている点。二体で着物の模様を合わせたり、逆に反対のものを描いたり、形で動きをつけたり、いろいろと遊べるんです。素材が自然のものだから、木目もさまざまだし、絵の具のなじみも紙とは違うのだけれど、それが作品に動きを出してくれるんですね」
秀麿さんの「形」はしだいに自由になり、それに呼応するように春海さんの「彩色」は伸びやかに。ぴったり呼吸を合わせてつくる雛人形は円熟味を増していきました。
そんななか、悲しいことが起こります。神戸での展覧会の数日前、秀麿さんは展覧会場への荷出しの帰り道、交通事故に遭い、春海さんや家族のもとから突如、旅立っていってしまったのです。
「あまりに急なことで、本当にびっくりしました。でも、秀麿は最後まで親切だったのね。だって、私にやらなくちゃいけない仕事を残していってくれたから」
近くに迫った展覧会のため、春海さんは目の前に積み上がった雛人形の絵付けに没頭し、悲しみの淵に落ちそうになるのをなんとかこらえられたのだといいます。
〈撮影/雨宮秀也 構成・文/鈴木麻子(fika)〉
松尾晴海(まつお・はるみ)
日本画家。仏師の松尾秀麿氏と結婚後、1987~97年、共同で木彫り雛人形の制作を行う。現在は、ひとりで制作。2/5~9に、東京・ 神楽坂「ギャラリー坂」にて個展を開催。詳細はギャラリーのインスタグラム @gallery_saka_kagurazaka、ブログ( https://gsaka.exblog.jp/ )で確認を。
雨宮ゆか(あめみや・ゆか)
花教室「日々花」主宰。暮らしの道具や器を主に使い、日々の暮らしに 寄り添うような花の提案をする。オンライン教室も随時開催。著書に『花ごよみ365日-季節を呼びこむ身近な草花の生け方、楽しみ方-』(誠文堂新光社)がある。
https://www.hibihana.com/
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです