(『天然生活』2015年11月号掲載)
金子由紀子さんが考える「持たない暮らし」
たくさんの物に囲まれる喜び、いろいろな物のなかから選択できる幸せ。―ちょっと前まで、これが一般的な日本人の物に対する価値観でした。
でも、時はめぐり、暮らしのスタイルは見直され、「本当の豊かさって何?」と、ささやかれるようになったとき、多くの人は、はたと気づきました。
「持ち物の量と豊かさは必ずしも比例しない」のだと。
「どんなにたくさん物があっても、それらすべてが愛着をもって使い込まれ、よく手入れされているのなら全然、問題ないんです。でも、自分の管理能力を超えたものを持ってしまうと、その物たちに振りまわされ、支配されることになってしまうんですよ」
スパッと淀みなく話すのは、『持たない暮らし』『ためない習慣』などの著書でシンプルライフを提唱する金子由紀子さん。
「持たない暮らし」というと、とてもストイックな、いろいろと我慢を強いられる生活を想像しますが、「持たない」のは、暮らしの不用品だけ。
たとえば、簞笥の肥やしと化した服、食器棚の奥にしまわれ出番のこない調理道具、趣味に合わず使われない頂き物の食器……。これらが、ある日突然、あなたの家からなくなったとします。
でも、そのことには気づかないし、困らない。だとしたら、それらはすべて、家の不用品というわけ。そういった不用品をできる限り減らし、すっきりと生活することこそが、「持たない暮らし」です。
家中のあらゆるものが “少数精鋭” “一物多用”
4人家族・金子さんの基本的な台所道具一式。
「鍋類はこの6つがすべて。ステンレスの深鍋があれば、煮もの、蒸しもの、揚げもの、焼きものまですべてこなせるし、深い圧力鍋は、煮込み以外にパスタや青菜をゆでるときにも使えます。玉子焼き用のフライパンなんて便利なものはありませんが、家庭の玉子焼きですから、きれいな四角じゃなくてもいいですものね」
“少数精鋭” “一物多用”。金子さんのこの考え方は、台所に限らず、家中のありとあらゆるものに行き届いています。だから、クローゼットも、リビングの棚も、靴箱もガラガラ、すっきり。
「物が少ないと省スペースで済むし、掃除や片づけも、とっても楽。私が苦手な “収納術” なんて使わなくても、しっかり物は収まりますよ。 “あれどこだっけ?” とあちこち物を捜す手間も一切なし」
住まいの主役を「物」から「人」へ
家に物が詰まっていなければ、風通しもいいし、物を取るときにスムーズで、ずいぶんと暮らしは心地よくなりそうです。いいことづくしの「持たない暮らし」に金子さんが至ったきっかけは?
「母が物をたくさん持っている人でね~。その反動でしょうか。私の親は、たぶん、日本で初めて物を持てるようになった世代なんです」
もともと、日本の住宅は畳にふすま、ちゃぶ台にちょっとした棚のみと簡素な構成だったはずだ、と金子さん。
それが、戦後の高度経済成長期に庶民の暮らしにどんどん物が入ってきて、それが豊かさの象徴みたいになりました。
その真っただ中に、少女から大人になった金子さん。使いきれないほどの物で家が埋まっていく様子に、居心地の悪さを覚えたといいます。
「手に負えない量の物を持つと、住まいの主役が自分ではなく、物になってしまうんですよね。住んでいる空間も、時間さえも物に奪われてしまう。そんなのもったいないですよね?」
持たない暮らしを実践して、10数年。物に頼れないから、知恵を絞り、機転を利かせ、手を動かす。
こうやって金子さんは、日々、暮らしの技術を磨き、風通しのいい毎日を送ってきました。
〈撮影/柳原久子(https://water-fish.co.jp/) 構成・文/鈴木麻子(fika)〉
金子 由紀子(かねこ ゆきこ)
1965年生まれ。出版社での書籍編集者を経てフリーランスに。1973年、第一次石油ショックで大人たちの買いだめにショックを受ける。自らの出産・育児経験から「現実的なシンプルライフ」の構築の傍ら、All About「シンプルライフ」初代ガイドを務める。著書に『暮らしも人生も整う! クローゼットの引き算』(河出書房新社) amazonで見る 、『50代からやりたいこと、やめたこと』(青春出版社) amazonで見る 、ほか20冊以上。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです