お菓子と料理から学んだものを、パンに繋いで
下北沢駅から歩いて10分ほど。閑静な住宅街の一角に、白壁のシンプルな外観が素敵なパン屋さん「boulangerie_lanis(ブーランジュリー・ラニス)」はあります。2019年12月にオープンと開店から1年余りしか経っていないものの、連日地域の住人の方で賑わい、遠方からくるお客さんの姿もちらほらとあって、人気はじわじわと上昇中です。
もともとパティシエを目指していたという、店主の原昇吾さんは、製菓学校で学んだ後、フランスのリヨンにあるパティスリーで修業。帰国後は荻窪の名パティスリー「ル・クール・ピュー」で働いていました。フランスの修業先でも「ル・クール・ピュー」でも、お菓子のほかに総菜やパンを提供しており、パンを焼く機会があったといいます。
「でもその頃は、パン職人になるとはまったく思っていませんでした。『ル・クール・ピュー』の鈴木シェフは、『食はすべてが繋がっている』という考えで、僕もそれに共感していて。それで次は料理を学ぼうと、フレンチレストランで働いたんです。そしたら、その店で自家製パンを出していて、パンづくりにも携わることに。どこへ行ってもパンがついて回る感じだったんですが、パンならお菓子の要素も料理の要素も生かせるんじゃないかと、そのとき思って、パンを本気で学ぶことにしました」
レストランで修業もした原さんならではの逸品が、自家製パテが入った「パテサンド」です。
「フランスの総菜屋さんには量り売りのパテが置いてあるんですが、ドライフルーツ入りのものがよくあって。肉とドライフルーツの甘じょっぱい感じが感動的なおいしさで、それに似せてパンにレーズンを加えています」
いただいてみると、パテの塩気と旨味に、レーズンの甘さ、クルミの香ばしさ、ピクルスの酸味が絡みあい、食べ進めるたびに違ったおいしさに出合えます。
パンを本気で学ぼうと思い立った原さんは、軽井沢でおなじみの「ベーカリー&レストラン沢村」で修業。森田シェフから学び、パンづくりにおいて最も影響を受けたというものの、原さんのつくるパンは、「沢村」のしっかり焼き込まれたそれとは、だいぶ違う印象です。
「日本の方が食べやすいように、自分なりに変換したいと思ったんですね。ハード系であっても、皮は歯切れよく、中は口溶けがいいほうがおいしく食べていただけるかなと。自家製酵母はルヴァン種と酒種をメインに、レーズン酵母も少し使っているんですが、理想的な食感にするには、酒種が活躍してくれます」
酒種とは米麹から起こした酵母のこと。酵素の力で小麦のデンプンを分解して糖にする働きがあるそうで、分解によって生地が口溶けよくなり、デンプンが糖に変わるから当然甘くなります。
さらに、原さんがこだわっているのは小麦。国産、ドイツ産、フランス産の小麦を使い、ひとつのパンに多くて7種類、少なくても3~4種類をブレンドしています。小麦は生産状況によって常に入れ替わるので、新しい小麦が手に入るたびにテストして、よかったものはすぐに採用するのだとか。
15種類もの小麦から、それぞれのパンにあった小麦をセレクト。そして、選び抜いた小麦の味や香りを台無しにしないよう、砂糖やバターなどの副材料はできるだけ控えめに使うのも、原さん流です。
そんな製法の特徴をよく表している“ラニスらしいパン”が、北海道産小麦「キタノカオリ」を100%使った、大人気の食パン「キタノカオリ全粒粉のハードトースト」です。
「小麦本来のポテンシャルが高いので、バターも砂糖も一切入れていないんですけど、すごく甘いです」と原さんがいうように、小麦の甘さや旨みがしっかり。さらに、しっとりもちもちした生地は、口に入れるととろけるような食感でした。
取材が終わりかけた頃、「フランスで得たことがいろいろ生かされてるなと、いま話をしてて気づきました」と温和な口調で話す原さん。おいしいもの好きの原さん、自身がフランスで体験した味を自然と再現していたんですね。「こんな場所に、こんなにもおいしいパンがあるなんて!」と驚かずにはいられないラニスに、ぜひ一度訪れてみてください。
<撮影/山川修一 取材・文/諸根文奈>
boulangerie_l’anis(ブーランジュリー・ラニス)
03-6450-8868
12:00~20:00
木・金休み
東京都世田谷区代沢3-4-8 RAIROA 1F
最寄り駅:小田急小田原線・京王井の頭線「下北沢駅」
https://www.boulangerie-lanis.com/