• 天然生活2021年9月号で紹介した、グラフィックデザイナー・セキユリヲさんの家族の物語。本誌では紹介しきれなかったお話をもう少し、こちらでお届けいたします。いつかは子どもを欲しいと思っている若い世代の方へ、今まさに特別養子縁組に興味をもっている方へ、そして現在一緒に子育てに奮闘している方や子育てがひと段落ついた方々へも。今回は、育児中のセキさんのお仕事について。

    「3歳までは育児に専念」という条件

    画像: 自主保育でのお弁当の時間。好きなところで、好きな友達と

    自主保育でのお弁当の時間。好きなところで、好きな友達と

    セキさんが入会した特別養子縁組を斡旋するNPOの団体は、養親の条件として「子が3歳になるまでは、夫婦のいずれかが子育てに専念できる環境にあること」が掲げられていました(※現在は「2歳くらいまで」となっています。もちろん団体によっては、両親共働きで子を保育園に通わせる選択が可能なところもあります)。

    まだお子さんとのご縁のお話をいただいていない時点で仕事を休むという、大きな決断をセキさんがされたのは、先にお伝えしたとおり。

    【連載第5回】

    ですが、私がふと気になったのは、そんななかでも、育児中に「仕事をやりたいなぁ」と思ったことはなかったのだろうか、ということでした。

    私自身、第一子を妊娠・出産したときは、幼稚園入園までは子育てに専念してみようかと、なんとなく決めていたものの、怒涛の忙しさだった新生児期を経て、多少余裕が出てきた1歳半を子がすぎると、むくむくと仕事をしたい気持ちが大きくなった記憶があったからです。

    とある育児雑誌の取材をさせていただいたとき、「赤ちゃんの、子どもの、お世話は楽しく幸せだけど、ふと社会との繋がりがなくなったように感じて辛いときもあった」、という話も、わりと多くの方から聞きました。

    しかもセキさんのお仕事は、もともと自身の“好き”から発展したクリエイティブなもの。自ら立ち上げたものづくりブランド「salvia」でも、さまざまな魅力的なプロジェクトを展開されていて、側から見てもとっても楽しそう。

    もちろん、条件を破るわけにはいきませんが、子を見ながらも、ふと頭の片隅にお仕事のアイデアが浮かんで、それを形にしたいと強く思ったりすることはなかったのだろうか、と思ったわけです。

    セキさんの回答は、それはもう、すっきりと明快なものでした。

    育児を心から楽しんだ日々

    画像: プレーパークで長女と一緒に遊んだ日。ふたりの笑顔が眩しい

    プレーパークで長女と一緒に遊んだ日。ふたりの笑顔が眩しい

    「ずっとずっと子育てをしてみたいと本当に長い間願ってきて、それがようやく叶ってできている。その幸せを感じるばかりで、仕事をしたいと思う瞬間は、本当になかったんですよ。泣いても、ぐずっても、ああ、私はこういうことがしたかったんだ、いまできているんだって噛み締めては、ありがたくて幸せで。思い返すと、もちろん大変だったこともいろいろありましたけどね!」(セキさん)

    まるで天使みたいな赤ちゃんのお世話にいそしんだ日々。一緒に自主保育に参加して、娘以外の子どもとも真正面に向き合った日々。昨日できなかったことが今日はできたという、小さな成長を感じる日々。昨日と同じようでいて、全く違う変化を見せる日々。

    【連載第7回】

    そんな毎日は、セキさんにとっては何にも替え難い、幸せな瞬間の連続だったのです。

    そしてそれは、あくまでも「そうせねば、そう感じなければ」という思いからではなく、セキさん自身が子育てを思いっきり、心の底からめいっぱい楽しんでいたからこそ自然と沸き起こった感情なのだろう、と思いました。

    ずっと前、育児で創作活動を中断していたあるアーティストに「創作活動は再開されないんですか?」と伺った際、「子育てほどクリエイティブなものはないよ」と教えてくれたことが唐突に思い出されました。

    そしてこの体験は、セキさんの意図しないところで自然と”仕事“に繋がっていきました。

    子育てがきっかけで広がった新しいお仕事

    画像: セキさんがグラフィックデザインを担当した「渋谷子育てmap」は、東京・渋谷区の子育て支援センターや保健所・保健相談所で配布しているほか、”渋谷papamamaマルシェ”のHPで閲覧・ダウンロードも可

    セキさんがグラフィックデザインを担当した「渋谷子育てmap」は、東京・渋谷区の子育て支援センターや保健所・保健相談所で配布しているほか、”渋谷papamamaマルシェ”のHPで閲覧・ダウンロードも可

    長女が3歳を過ぎて、ゆるやかに仕事を始めたセキさん。すると、自然と自分の住んでいる地域や育児にまつわるデザインの仕事が舞い込んできました。

    「プレーパークで出会ったお母さん仲間のつながりで、当時住んでいた渋谷区で子育てを行なっている父母が中心となって活動する“渋谷papamamaマルシェ”や、渋谷区で配布している”渋谷子育てmap”のグラフィックデザインのお話をいただきました。

    また、地域と大地をつなぐ市、“代々木深町フカマルシェ“では実行委員の一員として活動もしています。salviaのアトリエを構える、蔵前のおさんぽMAPもデザインしましたね。子育てをしていなければ、こんなに自分の暮らす地域と密接に関わるお仕事はいただけなかっただろうなと、子育てをすることでむしろお仕事の幅が広がったと私は感じていますし、さらに地域に根ざした活動をしていきたいとも思うようになりました」(セキさん)

    現在、AD(アートディレクション)を務めている育児雑誌『かぞくのじかん』(婦人之友社刊)の話も、お子さんを授かってからいただいたお仕事。

    「これまでも子供にまつわる書籍や雑誌などのエディトリアルデザインのお仕事はやってきましたが、以前よりもいっそう編集内容に意識をむけ、その内容に寄り添ってデザインワークに取り組めるようになったと感じています」と話します。

    第一子を授かって7年弱が経過した2021年3月に、家族で北海道に移住してからは、本格的に仕事を再開したセキさん。子どもが園や小学校に行ってから帰ってくるまで、自宅で集中して仕事に取り組みます。

    「仕事と子育て、家事と、メリハリがつきました。自分の時間もようやくできて、ずっとやりたかった畑仕事もできるようになりました」(セキさん)

    画像: つかまり立ちの練習をする長女。いまでは飛び跳ね回る日々で、こんなふうに歩いていたのが遠い昔のことのよう

    つかまり立ちの練習をする長女。いまでは飛び跳ね回る日々で、こんなふうに歩いていたのが遠い昔のことのよう

    ときに大変な思いをしながらも、育児をとことん楽しんだセキさんに、うれしいおまけのように待っていたのは、大きく拡がった仕事の枠と自分の思考の拡大でした。

    次回は、第二子を迎えたときのことと、“障がい”についてのお話を。

    〈撮影/高橋京子〉


    遊馬里江(ゆうま・りえ)

    編集者・ライター。東京の制作会社・出版社にて、料理や手芸ほか、生活まわりの書籍編集を経て、2013年より北海道・札幌へ。2児の子育てを楽しみつつ悩みつつ、フリーランスの編集・ライターとして活動中。



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