ある朝、エミューちゃんに異変が起こる
エミューちゃんの様子がおかしい。
そのことに気がついたのは、ある朝のことだった。
いつもなら、日の出前には目を覚まして走り回り、「起きて!」といわんばかりに私の耳たぶや眼球をつつくエミューちゃんなのに、今日はお布団から出ようとしない。こころなしか、呼吸もハアハアと息苦しそうだ。
「もしかしたら病気かもしれない」
私はあわてて、動物病院に電話をした。エミューちゃんが生まれるまえ、事前相談をしていた鳥が専門の病院だ。お医者様に相談すると、すぐに連れてくるようにとのこと。さっそく、エミューちゃんを助手席に乗せて、車を走らせた。
「すぐに元気になるからね……」
そう言って体をなでたけれど、エミューちゃんは不安そうにピィピィ鳴くばかり。車に乗るのは生まれてはじめてなので緊張しているようだ。呼吸も、いっそう荒くなっている。
「少しの我慢だからね。がんばろうね」
そう言い聞かせながらなんとか車を走らせ、病院にたどり着いたときには、エミューちゃんは朝よりもさらにぐったりしていた。
診察室に入ると、開口一番お医者様は言った。
「うーん、だいぶつらそうですね」
「鳥は、症状が見た目に出ないから、気づいたころには手遅れのことが多いんです。昨日まで元気だったのに、突然死ということもよくありますよ」
お医者様の厳しい言葉に心が重くなる。エミューちゃんは治るのだろうか。
「ひとまず、検査をしてみましょう」
ところが、お医者様が検査のために抱き上げようとしたそのとき、あろうことかエミューちゃんは思い切りお医者様を蹴り飛ばした。
「すごい力だっっ!」
「病気なのに、いったいどこからそんな力が……」
「ピピピピィィ!!!! ピピィィ!」
エミューちゃんは部屋中を走り回って抵抗している。
「鳥は重病でも、病気とは信じられないほど動き回ることが多いんです。まさにこんな感じです」
「大型の鳥だから、小鳥よりも体力がありそうですね」
お医者様が冷静に解説した。
「なんとか検査はしますから、飼い主さんは待合室で待っていてください」
私は、半ば放心状態で病院のソファーに腰をおろした。
待っている間にも、エミューちゃんとの思い出が次々とまぶたの裏に浮かぶ。
小さな体で、分厚い殻をあっという間にかち割って生まれたエミューちゃん。
添い寝をしなければ絶対に寝ず、何時間でも私を呼んで鳴き続けたエミューちゃん
歩けるようになるやいなや、何度も転びながらダッシュするエミューちゃん。
エミューちゃんが生まれてまだ1カ月。けれど、私はもう、エミューちゃんがいない人生なんて考えられないようになっていた。元気になってほしい。きっと、元気になってくれるはず……。
「エミューちゃんのお母さん、どうぞ」
診察室に呼ばれ、緊張しながら部屋に入る。どうか、治療法がある病気であってほしい……。
「うーん……。この子は…もってあと3日ですね」
「うちでは治療できないですね……」
「鳥の雛はあっけないですからね。そういうものだと思ったほうがいいです」
私は、目の前が真っ暗になった。
〈撮影/仁科勝介(かつお)〉
砂漠(さばく)
東京生まれ東京育ちの山奥に住むOL。現代社会に疲れた人々が、野生の生活や異文化に触れることで現実逃避をする会を不定期で開催。ユーラシア大陸文化が好き。現在はエミュー育てに奮闘中。Twitter:@eli_elilema note:https://note.com/elielilema