(『天然生活』2020年9月号掲載)
道具から伝わる、その感触を楽しんで
料理をするワタナベマキさんの動作は、いつもなめらか。軽快に野菜を切っていたかと思えば、ひょいと振り返って鍋をのぞき込む。スプーンで調味料をひとすくいし、手早く加えて混ぜ合わせる……。流れるような動きを支えているのは、使い慣れた愛用の道具。それは、包丁、まな板、薬さじなど、いたって普通の、だれもが持っている道具。ただ、それぞれに「これでなければ」の理由があります。
「いい道具は、使っていて快さがあります。感触がいい、というか」
愛用の包丁は、料理家の愛用者も数多い吉實(よしざね)。手にしてみると、小ぶりながらもやや重め。けれどこの重さがあるからこそ、力を入れず、リズミカルに素材を切ることができます。まな板は、ヒバ材。そのさわやかな香りのみならず、刃がまな板に当たるその瞬間、手に伝わる感覚と、木ならではの響きが心地いい。もちろん、ごま炒り器にも、その心地いい感覚が。
「パチパチはぜる音、香ばしい香り、そして柄から伝わる微かな感触が楽しい道具なんですよ」
ワタナベさんが使いつづける道具は、目を見張る多機能的な便利さはないけれど、“自分の仕事”をきっちりこなしてくれるもの。あたかも手の延長であるかのような、素材の質感までをも伝えてくれる道具なのです。
カルデサックの青森ヒバまな板と、吉實のペティナイフ
木製のまな板は、刃あたりがやわらかで長く作業していても手が疲れないのがいいところ。けれど、使ううちにどうしてもカビが出てくるのが悩み。ところが……。
「抗菌効果の高いヒバ材なら、その心配はありません。食べ物のあくなどで色がついたら、自分でヤスリで削ってきれいにできるのもありがたいですね」
愛用の包丁は「吉實」のペティナイフ。
「手が小さいので、私にとってはこのサイズがベスト」
金網つじのごまいり
用途を限る道具は、できるだけ持たないワタナベさん。けれど、これだけは別。
「ごまが好きで、料理にもよく使います。炒りごまを買ってきてまずすることは、あらためて火にかけて炒ること。このひと手間で、香りが全然違います」
これまではフライパンやほうろくを使っていたけれど、この道具を手に入れてからはその作業がいっそう楽しいものに。ごまだけでなく、秋口には銀杏を炒るときにも活躍。
コンテのやくさじ
実にシンプルなデザインながら、手にすると納得する使い勝手のよさ。
「柄と皿の絶妙な角度を細かく計算して、製品化したと聞きました。皿部分が浅めなのでペースト状のものもスプーンに残りづらくストレスがありません。それでいて、液体がこぼれてしまうこともないんです」
柄が長いので、深さのある容器にも使えます。
ビクトリノックスのスイスクラシック トマト・ベジタブルナイフ
サクサクサクッと厚いサンドイッチもつぶさずきれいにカット。
「これを使えば、完熟トマトだってきれいに薄切りできます。実は2本持っていて、1本はキャンプ用に買い足しました。これひとつで、フルーツもきのこも玉ねぎも、気持ちよく切れるので重宝なんです」
こちらのモデルを愛用してから、かれこれ14年。この値段でこの切れ味とは、さすが、世界で愛されつづける老舗ブランドです。
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〈撮影/砂原 文 取材・文/福山雅美〉
ワタナベマキ(わたなべ・まき)
料理研究家。旬の素材のおいしさを生かした、シンプルな手順でつくるレシピで人気。雑誌や書籍、テレビ、広告など多岐にわたって活躍中。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです