(『あなたの木陰』より)
新型ウイルスの不安が世界を覆った2年間。蓼科の自然に守られた、変わらない日常を綴って
四季の移ろいのなかで、心に舞い降りたいつかの記憶。それぞれの季節を楽しく健やかに過ごすためのレシピや、薬草店の庭の旬を束ねた小さな花束のお話も。
ハーバリスト・萩尾エリ子さんのやわらかで豊かな言葉と、寺澤太郎さんによる美しい写真が好評を博した雑誌「天然生活」の連載『あなたの木陰』がこのたび、エッセイ集として刊行されました。
連載がスタートした2020年からの2年間といえば、ちょうど新型コロナウイルスの脅威が世界を覆い、人々が不安のなかにいたころ。萩尾さんは当時、どのように過ごしていたのでしょうか。
「この小さな薬草店から、世界の大きな変化を感じていました。訪れる人も少なくなりましたし、私もあちこちに出掛けられなくなって。けれど幸いここには、いつもどおり変わらない自然という存在が、すぐそばあったんです。
人間たちの不安をよそに、時が来れば咲いてくれる花や、実ってくれる果実、ふいに顔を出してくれる野鳥やリスも。少し立ち止まることになった時間のなかで、そうした命の巡りに随分と支えられて、悲しいことも悲しいだけにせず、過ごすことができました。
ちょうどそんなことを感じはじめていたとき、編集長から『2年間の連載を』とお声がけをいただいて。ならばこの場所で、変わらない植物や人への想いを綴っていこう、私がつくっている小さな花束を記録していただこうと、すぐに思い至りました」
撮影は、早朝9時から。森と薬草店の「ほの暗い美しさ」も捉える、寺澤太郎さんの写真たち
「天然生活」での連載時には、原稿執筆にあわせて毎月一回、撮影も行われました。カメラマンは寺澤太郎さん。寺澤さんが蓼科ハーバルノート・シンプルズで撮影を行うようになって、もう10年以上になるのだとか。
「とくに連載の期間中は、定期的にお越しいただいたことで、寺澤さんもすっかりここが『勝手知ったる場所』になってくださって。私たちも気づかないうちに、この場所らしい瞬間を捉えてくださるので、仕上がりを拝見する時間がいつも楽しみでした」
東京在住の寺澤さんですが、「ここは朝の光がいいから」と、いつしか早朝からの撮影が慣例のように。「花束やリースも、お渡しするとささっといろんなところに持っていって、『あら、こんな場所あった?』という新鮮なまなざしを見せてくれるんですよ」と、萩尾さんは嬉しそうに話します。
「きらきらとした木漏れ日や、木陰のほの暗い美しさ。見えない空気まで見えているような寺澤さんの写真は、スタッフもみんな大ファン。たくさんの写真を撮りためてくださったので、書籍『あなたの木陰』では追加掲載しているほか、連載時とは異なる写真を選んだページもあります。ぜひ、探してみてくださいね」(萩尾さん)
連載のなかで見えてきた、伝えたかったこと、つくりたかった場所
蓼科の四季を定点観測するように続けられた2年間の連載。書籍となったいま、萩尾さんはこんなふうに振り返ります。「日々の想いを言葉にすることで、私自身『こうしていきたいんだ』という想いの方向性に気づく機会をいただきました」
その「方向」とは、本書のタイトルの通り。
「私は、薬草店でも文章のなかでも、あなたや私のための『木陰』をつくりたかったんですね」
季節や体調に寄り添うハーブティを調合することも、庭の出会う草花を集めて小さな花束を贈るようになったことも、根っこは同じ。だれしも、健やかなときばかりではないからこそ、いまこの日々を慈しむように綴られた25編のエッセイはまさに「木陰」のようなやすらぎをもたらしてくれます。
「この本のページをめくる時間のなかでは、人生の荷物をおろしてひと休みしていただけたら。ふうっと、呼吸を深くしてね。そしていつか、本のなかの景色に会いに、この薬草店にも足を運んでいただけたらと思います」
<撮影/寺澤太郎 取材・文/玉木美企子>
萩尾エリ子(はぎお・えりこ) ハーバリスト。ナード・アロマテラピー協会認定アロマ・トレーナー。ハーブショップ「蓼科ハーバルノート・シンプルズ」主宰。日々をショップという場で過ごし、植物の豊かさを伝えることを喜びとする。最新刊『あなたの木陰 小さな森の薬草店』(扶桑社)は天然生活オンラインショップからも購入可能。インスタグラム@herbalnote_simples
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