福との出会いに感じた「縁」。偶然と必然が結びついた
妻・薫さんの病気は末期の乳がん。闘病を続ける日々で、小林さん、娘のつむぎさん、息子のときおくん、4人の家族の関係もぎくしゃくしてしまい、小林さんの家族の心はバラバラになりかけていました。
思うように描けない未来への焦り。「このままではいけない」……藁にもすがる思いで、長年の仕事仲間であり、友人でもある雅姫さんに相談したところ、意外な言葉が返ってきました。
「犬を家族に迎えてみたら? 犬を飼うと毎日が絶対楽しくなるはず。薫ちゃんもきっと元気になると思うよ」
縁あって、雅姫さんと、雅姫さんの友人である俳優の石田ゆり子さんの紹介により、山口県周南市の野犬を引き取った保護シェルターに連れて行ってもらうことに。そこで出会ったのが、なかなかもらい手がなく、子犬からずいぶんと成長してしまった「福」(当時の名前は「アンズ」)でした。
「たくさんのかわいい子犬と会って、なかなか決められずに焦っていたら、困ったような表情で震える福を見つけて、目が離せなくなったんです。これはもう、うちで飼うしかないのでは? そんな使命感が湧いてきました」と小林さんは笑います。
「元気いっぱいの子犬より、ご病気の奥様のよいパートナーになりそう」というドッグトレーナーの先生のアドバイスも背中を押してくれました。
福を家に迎えたことで、家族との関係が変わっていく
「福がうちに来てからは、会話がほとんどなかった娘との関係が大きく変わりました」と小林さん。
薫さんの病気の話題を避けるように、次第に会話がなくなっていた小林家も、福の世話を通じて、日常の役割分担やお互いの予定についてのやりとりが増えていきました。休日は一緒に散歩やドッグランに行くことも。ついには福を連れて念願の家族キャンプにも出かけます。
気がつけば、薫さんも家族も笑顔が戻り、福を中心に笑い合う穏やかな時間が増えていったのです。
保護犬を飼うということ。ひとつの命を救っているようで、実は救われていた
いまでは元保護犬の福と、(こちらも運命的に出会った)二匹の元野良猫の「とも」と「もえ」と暮らす小林さんに、保護犬と暮らすということについて聞きました。
「僕たち家族は、もう一度笑顔を取り戻すために、保護犬を飼うという選択をしましたが、そこでわかったことは、一匹の命を救っているようで、実は救われたのは僕たちだったということです。
福が来てから、自然と家族の心がひとつになった。未来の不安を忘れさせてくれ、なにより”いまこの瞬間を生きる”ということの大切さを教えてくれました。
ときに癒やし、励まし、笑顔のときも涙のときも寄り添ってくれる。そんな保護犬の素晴らしさを、これからたくさんの人に伝えることも、僕がしていくべき仕事のひとつなのかなと思っています」
誰かのためになるのなら。1冊の本に込められた思い
今回、そんな小林さんの家族と保護犬福との物語が、1冊の本になりました。
薫さんが余命宣告されてから、保護犬を飼うことになり、ばらばらだった家族が笑顔を取り戻した日々。はじめはどうまとめたらよいのかと、当時を振り返っては思い悩んで筆が止まっていたという小林さん。
薫さんと同じように病気でつらい思いをしている方から直接メッセージをもらい、残りわずかな時間を懸命に生きるその方たちの役に立つのなら、という思いが後押しとなり、執筆を続けられたそうです。
「僕たち家族と福の物語を通して、ご自身や身近なだれかの物語を重ねて、少しでも気持ちが軽くなってもらえたら。そして、一匹でも多くの犬や猫、小さな命が救われることにつながってくれたらうれしいです」
小林孝延(こばやし・たかのぶ)
月刊誌『ESSE』、『天然生活』ほか料理と暮らしをテーマにした雑誌の編集長を歴任。女優石田ゆり子の著作『ハニオ日記』を編集。プロデュースした料理や暮らし周りの書籍は「料理レシピ本大賞」で入賞・部門賞などを多数獲得している。2016年からは自身のインスタグラムにて保護犬、保護猫にまつわる投稿をスタート。人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆を記した投稿が話題となる。連載「とーさんの保護犬日記」(朝日新聞SIPPO)ほか。ムック『保護犬と暮らすということ』(扶桑社)シリーズもリリースした。初の著書『妻が余命宣告されたとき、 僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)が発売中。
インスタグラム:@takanobu_koba
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妻の末期ガン闘病中、家族は会話もしなくなり最悪の状態に。そんな中、モデルでデザイナーの雅姫さんに保護犬を飼うことをすすめられ出会ったのが「福」だった。編集者・小林孝延さんの「福」との出会いと日々を「福」の写真とともに綴った家族の物語。