(『小屋を楽しむ』より)
丘の上に立つシンプルな小屋は新居づくりの小さな拠点
秋が深まり、木々が鮮やかに色づいた小高い丘の上からは、北にうっすらと雪をかぶった浅間山、南にはなだらかに連なる八ヶ岳連峰の山々が望める。長野県東部に広がる標高700mあまりの盆地、通称佐久平の片隅にある、その見晴らしのいい丘に天野美保子さんと夫の浩史さんがセルフビルドしたかわいらしい小屋が立っている。
ブルーグレーにペイントされた板張りの壁に三角形の屋根がのった、シンプルだがスタイリッシュな小屋である。
「この小屋は作業の合間に休憩したり、道具をしまっておいたりするために建てたもの。北欧のガーデンシェッドをイメージしました」という美保子さん。
小屋が立つ丘は、東京で暮らしながら、ずっとカントリーライフを求めていた美保子さんが5年ほど前に出合った土地。いまでこそ明るく開け、ちょっとした庭のようになっているが、当初は伐採された大木が積まれ、それを覆うように草やつるが容赦なく茂って、隣接する竹やぶも迫ってきている状態だったという。
「いずれは家を建てて住もうと思っているんですが、いまはまだ東京で暮らしています。ここには週末に来てちょっとずつ作業をしている感じですね。小屋を建てる前はキャンプで使うタープを張って休憩場所にしていたんですが、強い風が吹いたり、雨が降ったりすると逃げ場がない。それで、これから土地を整備していくうえでも、しっかりした屋根のある場所が欲しかったんです」
自宅ガレージで仮組みした部材を現地に運んで素早く建築
小屋を建てるうえで、ひとつ問題だったのは、この丘には電気も水道もないこと。電動工具が使えないのである。充電式の工具が主流とはいえ、充電が切れれば作業がストップしてしまう。加えて、雨風を避けられる場所もないため、資材や道具を置いておくにも不安がある。
そこで一度自宅で小屋を仮組みし、それをばらして現地に運び、短時間で組み立てる計画を立てた。幸いにして東京の住まいには、小屋をつくれるくらいの広いガレージがある。
構法は、簡単に組み立てられることと、材料に無駄が少ないことから木造枠組壁工法を選択。費用を少しでも抑えるために、近所のホームセンターをくまなく回り、材料はそれぞれ最安の店舗で入手した。
仮組みでは実際に2×4材で組んだフレームを立ち上げて合板を張り、屋根のトラスを載せるところまで行った。基礎は現地にコンクリートブロックで事前に組んでおき、外壁の塗装も部材の状態で済ませておいた。
「そこまで準備を整えていたので、ばらしたパーツをトラックで現地に運んでからの作業は早かったですね」
フレームを立ち上げ、合板に透湿防水シートと塗装済みの外壁を張り、屋根の仕上げはアスファルトシングル。主な作業は週末を中心に延べ10日で終わらせた。
「屋根と壁の防水ができれば雨に打たれて材料が傷む心配はありません。小屋が建ったのが晩秋だったので、冬の間は作業を休んで、春になってから細かい部分を仕上げました」
そうして完成した小屋は丘の上のフォーカルポイントとなり、草原と木々と空の景色の中でいつも視界に入ってくる。
都会を離れて小高い丘での暮らしへ。その日が来るのはもう少し先かもしれないが、いつかここで暮らすようになったとき、庭の片隅に佇むこの小屋が、開拓の輝ける日々を思い出させてくれるだろう。
<写真/高橋郁子 取材・文/和田義弥>
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この本では、38軒の用途もデザインも構法も異なる小屋を紹介しています。そこに生えていた木を使ったり、廃材を利用したり、細部まできっちりつくり込んだり―。個性豊かな小屋と、それがもたらしてくれる豊かな暮らしを、ご覧ください。この本ではまた、実際の小屋の建て方、必要な道具、選べる構法、さまざまな仕上げ材の選び方、小屋を快適にする断熱の方法、気になる法律と税金、土地とインフラについてもわかりやすく解説しています。