(『天然生活』2023年2月号掲載)
ずっと心がけてきた「むだを減らす暮らし」
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
約2年前に義母の久喜子さんが亡くなり、夫婦ふたり暮らしとなった井上正憲さん、由季子さん。
「義母とは33年同居し、ともに人生を歩んできたので、しばらくは夫と旅に出ているかのような、不思議な気持ちでした。ふたりきりになるのは、海外にいるときくらいだったので」と由季子さん。
京都の中心地から、香川の父母ヶ浜に近い、のどかな田舎町に移住して丸5年。日々、人が出入りする賑やかな環境から一転、自分たちの仕事と暮らしを守りながらも、月に数度は親しい人が訪ねてきてくれる、という距離感がいまはとても心地よいそう。
SDGsという言葉が一般的になる以前から、むだを減らす暮らしを心がけてきたというおふたり。
たとえば、正憲さんは陶器の制作で少しだけ余った土を、小さなオブジェや箸置きに。テーブルの上にちょこんと置いておくと、由季子さんが大喜びするそう。
また、由季子さんのデザインワークで日々たまっていくプリント紙は、白い裏側をフル活用。正憲さんはクリップボードに挟んだスケジュール表として、由季子さんは日々の食事と、頂き物の記録帳に。
ちなみに、ご近所さんから野菜が届いたときや、離れて暮らす家族とのやりとりには、スマートフォンで撮った画像をプリントアウトし、手書きのメッセージを添えた「サンキューレター」を必ず送ります。
「正憲さんが毎朝の散歩で仁に尾おの海の写真を定点観測するインスタを始めたので、その画像を使わせてもらうことも。長々と言葉を綴らなくても、海に大きな虹がかかっている写真を見てもらうだけで、気持ちが伝わりますよね。入院中、病室の壁に貼っていたよ、なんて聞くとうれしくて」
京都時代、寺子屋に来ていた子どもたちが成長して遊びにくることも増え、建築やアート方面に進むなど、懸命に伝えてきたあたたかなものづくりが芽吹き、育っていると感じるのは何よりの喜びだそう。
今後は長年関わっているホスピタルアートをはじめ、地域の役に立ちたい、という想いも。暮らしを小さくしたことで、人生で大切にしたいものが明確になり、この地での新たな種まきへとつながっていきそうです。
小さな暮らしの心地よさ_01
パンケーキで日々に句読点を
日曜日の朝は、毎週パンケーキを食べるのが習慣。頂きもののりんごやいちじく、アプリコットでつくったジャムに、メープルシロップをたっぷりと。
「堀井和子さんのレシピで、正憲さんが焼いてくれます。お義母さんも大好きだったから、残りの生地を10円玉サイズに焼いたものを必ず供えて。夫婦ともに勤め人ではないので、日曜日はパンケーキ、と決めることで1週間の区切りになるんです」
小さな暮らしの心地よさ_02
プリント紙の裏を日々の記録に生かす
裏紙はストックしておき、正憲さんは手書きの予定表に、由季子さんは食事の覚え書きに再利用。
「バランスよく食べられるよう、健康管理も兼ねて記しています。頂きものが多いので、忘れないよう最後に書き添えて」
近隣で獲れた海産物を冷凍するときなどにも、裏紙に中身をわかりやすく書いて、一緒にジップロックへ。プリントの写真や絵がかわいいときは、見えるよう表に書くこともあるそう。
小さな暮らしの心地よさ_03
余った素材もむだにせず、遊び心で暮らしに彩りを
陶器の制作でわずかに余った土を、つがいの小鳥、島々、船をかたどった箸置きに。
移住後はピッチャーや花器といった作品にも、穏やかで透明感のある瀬戸内カラーが増えてきたそう。
庭に作品の展示小屋をつくった際に出た木の端材は、パッチワークのようにつなぎ合わせ、バックヤードの目隠しに。遊び心でつくったものが、暮らしをほっと和ませてくれます。
小さな暮らしの心地よさ_04
写真と言葉で想いを伝えるサンキューレター
離れて暮らす家族を励ましたいときや、仲間や生徒たちへ、写真をA4サイズにプリントしたサンキューレターを。最近は正憲さんが毎朝の散歩で撮る仁尾の海の写真が、由季子さんのお気に入り。
「夫婦ともに海のそばで暮らすのは初めてで、空の色が海の色なんやな、など日々発見や感動があります。待ち受け画面にしてくれる方もいて、ささやかですが、自然のおすそわけですね」
<撮影/いのうえまさお 取材・文/野崎 泉 構成/鈴木理恵>
井上正憲、由季子(いのうえ・まさのり、ゆきこ)
2007年より「モーネ工房」を主宰。2017年に香川へ移住、正憲さんは「seiken工作所」として陶器の制作を手がけ、由季子さんは「通信寺子屋」で生徒のものづくりに伴走。近年は「四国こどもとおとなの医療センター」のホスピタルアートに関わる。https://www.maane-setouchi.com/
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです