実家仕舞いに直面して
ある一定の年齢になると同じ課題を持つ人が増えてくるように感じています。家族の病気、介護、実家の片づけ、整理など、以前にはなかった課題です。「課題」と書いたのは、わたしは何かあってもその物事を「悩み」や「心配」と捉えないようにしているからです。
理由のひとつとは「悩み」「心配」としてしまうと、とたんにそれらは本当に「悩み」と「心配」になってしまうからに他なりません。もうひとつは、病気や介護にしても、片づけにしても、誰もが似たような立場になります。歳を重ねていくなかでは、やがて、自分も同じことを誰かにもたらしてしまうかもしれません。そういったことを考えると「課題」と捉えるくらいが、いいと思っています。
わたしも、いま、実家仕舞いをしています。家のなかのものは早々に整理し終わり、いまは、家そのものを「どうしよう」という段階です。自分で住むこともできますが、ひとり暮らしの現在、こどもがいないわたしには、父が遺した古い一軒家を維持しながら暮らしていくには、少し荷が重いのです。建て替える。または、耐震をしてリノベーションをする。どちらにしても気力体力が必要です。かと言って、思い入れがないわけではありません。現実的には手放す方向に進みながらも、時々「本当にこれでいいのだろうか」と、気持ちがゆれる日々です。
思わぬ問題が浮上したりする、土地の法律のこと
手放すと決めてもスムーズにいかない場合もあります。自分がその立場になり、はじめて知ることもでてきます。実際、わたしが、そうなのです。実家のある土地の前面道路の下に水路があることを、最近になり知りました。生まれた時から暮らしている土地です。「えっ。ここに?」と、おどろきました。道路の下に水路があるとそこは「道路」と見なされないそうなのです。売買、建て替えなどをする場合は「但し書き」が必要になるとのこと。また、父が家を建てた頃にはなかった法律がいまはあり、今後はその法に則り進めなければなりません。わたしの気持ちの整理がつけば手放せると当初考えていましたが、現実にはクリアする課題がいくつかあったのです。父は、わたしが困らないように考えてくれていたようですが、思いおよばないことというのは、いつもあるものですね。
今年の春、わたしは59歳になります。1年前までは、60歳までに実家をどうするか決めてきちんとしたい、と考えていました。いまは、それもわからない状況です。
そのなかで学んだことは「早めに準備をしておく」でしょうか。そのうち、と思わず、気力体力時間があるときに調べられることは調べ、相談したほうがいいことは相談し、専門家を含めある程度決めておいたほうがいいと思います。
「時間がかかる課題」として、進めていくなかで
また、時間がかかりそうなことがわかったら、それこそ「時間がかかる課題」として捉え直す。わるいことばかりではないはずです。費やす時間のなかで、自分と向き合うことや忘れていた家族との関係や思い出にふれる機会もでてきます。ある日、これでよかった──。そうなるまで、その時間が必要なのかもしれません。
実家仕舞いをしながら感じるのは、住まいを整理するというのは、大層なことということです。実家だからというだけではありません。そこには誰かが生きた軌跡があります。室内には既に何もありませんが、それでも家のなかには、わたしが幼かったころの名残や父が長年使っていた机の跡、母が丹精に育てていた庭の植物などがあります。それらを目にする度、色々あったけれど、と前置きしながら、素直に愛おしく感じます。
同じような状況にいる方もいらっしゃると思います。歳を重ねながら気持ちよく生きていくため、できることをしていきましょうね。
60歳までのメモ
1 しなければならないことは「課題」と捉える
2 気力体力のあるうちにできることをしておく
3 気持ちよく過ごすために整理をはじめる
4 専門家、プロの力を借りる
5 いい思い出を手のなかに残す
広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、設計事務所岡昇平共同代表、other: 代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、香川を経て、2023年から再び東京在住。現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)他多数。インスタグラム:@yukohirose19