• エッセイストで空間デザイン・ディレクターの広瀬裕子さん。60歳を前に、歳を重ねるなかで出てくるさまざまな課題や考えなくてはいけないこと。たとえば住まいのこと、仕事のこと、⾝体のこと。ひとつひとつにしっかり向き合い、「心地いい」と感じる方へ舵を取る広瀬さんの毎日。そこから、60歳までにこうなりたい、という目標と取り組みを同世代や下の世代の方とシェアしていけたらと思っています。気になりつつ目を向けていなかった着物の整理のこと。

    小さな住まいに合う「着物の整理」をスタート

    ここ1年、何かと手放すことが多いのですが、手放したから手に入るものもあります。手にするもののひとつとして挙げげられるのは、なんと言っても「清々しさ」ではないでしょうか。

    住まいを東京に戻してから、気になりつつ目を向けていなかった着物の整理にとりかかりました。着物はこの10年、少しずつ減らしています。譲り受けたもののこの先着ないもの、派手で着られないものなど、その時その時で整理をし、どなたかに渡したり、お店に引き取っていただいたり、そんなことをくり返しています。そして、とりあえず手持ちの桐の衣装箱に入る数だけを残し、部屋の片すみにそっと置いていました。

    引っ越しをしてわかったのは、その桐の衣装箱を置く場所がない、ということでした。着物の衣装箱は長いのです。新しい住まいのクローゼットには入りませんでした。部屋のすみに置いておくには存在感があります。「どうにかなるだろう」と考えていたのですが、なりませんでした。そこで「これも課題」と位置づけ、とりあえず、着物を三つ折りにし、余った部分の畳紙は折り返し、クローゼットの棚に重ねて仕舞いました。もちろん、納得はしておらず、目にするたび、むむむとなります。

    着物の包みを新調する

    近々にできることとしては、畳紙を折らないサイズに変更する、同じ畳紙で統一する、でしょうか。畳紙(たとうし)とは、畳んだ着物を包む紙のこと。それで、幾分、気持ちのいい仕舞い方になるのではと考えました。でも、いざ、気に入った畳紙を探すとなるとないものですね。呉服屋さんに「以前、購入したのですが」と聞くわけにもいかず、むむむの日々。そんな時「あの方に聞けば」という着物に詳しい方を思い出し、オリジナルの畳紙を作られている方につなげていただきました。

    お願いしてから数ヶ月──。クローゼットにはいるサイズの畳紙が届きました。使えるものはそのまま使い、新しくした方がいいものは届いたものをと考え、20枚ほどお願いしました。手にした畳紙は、清楚なもの。いいです。

    クローゼットに「とりあえず」で仕舞っていた着物をとり出し、新しい畳紙に入れ替えていきます。

    画像: クリーニング店の畳紙で返ってきた浴衣は、新しい畳紙に入れ替えて

    クリーニング店の畳紙で返ってきた浴衣は、新しい畳紙に入れ替えて

    画像: 呉服屋さんの畳紙(下)と新しい畳紙(上)でクローゼットのなかはすっきり。新しい畳紙は、日本刺繍露草三原佳子さんオリジナルのもの

    呉服屋さんの畳紙(下)と新しい畳紙(上)でクローゼットのなかはすっきり。新しい畳紙は、日本刺繍露草三原佳子さんオリジナルのもの

    着物が内包する、懐かしくやさしい時間

    ずいぶん前に仕立てたものがほとんどですが、いまもいいと思う着物もありますし、数回しか袖を通さずもったいないと感じるものもあります。手を動かしながら、様々な思いがうかんできます。茶道に通っていたころ、改まった席に着ていっていたもの、二十歳の時のもの。

    着物は、洋服とはちがう時間を内包していますね。なんでしょう。儚さとやさしさでしょうか。絹にしても、綿にしても、手にふれるとなめらかです。その感触が、なつかしさや、やさしさを連れてきてくれるのかもしれません。見立ててくれた母の思いもあります。

    でも、その儚い印象とは裏腹に、着物の丈夫さと寿命におどろきます。祖母や母が着ていたものも残っているのです。ただ、これね。実際、手に余っているのも確かなのです。身内のものや、二十歳の時のもの。どうしましょう。

    画像: 二十歳の時に仕立てた着物が包まれていた畳紙

    二十歳の時に仕立てた着物が包まれていた畳紙

    クローゼットにきれいに仕舞うことができたので、まずは、よしとしましょう。収まった畳紙を目にすると「清々しい」と感じます。引越しから1年後、落ち着きました。出し入れも気持ちよくできそうです。これで、再び、着物に袖を通す機会も増えそうです。そう。実は、新たに着物を着るための整理でもありました。昔々、仕立てた桜色の紬があります。白くなった髪で、その着物を着たいと思っているのです。

    画像: 着物をふたたび着るため新調した足袋は、東京・新富町の大野屋さん

    着物をふたたび着るため新調した足袋は、東京・新富町の大野屋さん

    60歳までのメモ

    1 気になるところ、いつか整理したいところを考える

    2 整理後の愉しみ、気持ちの変化を想像しながら、手をつけはじめる

    3 いいもの(着物だけでなく家具アクセサリーなど)で使わなくなったものは、早めに譲る

    4 受け継ぐ人がいる場合は、汚れをとり、いい状態にしておく

    5 「再び」の愉しみを見つける


    画像: 着物が内包する、懐かしくやさしい時間

    広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)

    エッセイスト、設計事務所岡昇平共同代表、other: 代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、香川を経て、2023年から再び東京在住。現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)他多数。インスタグラム:@yukohirose19



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