(『天然生活』2021年3月号掲載)
ゆっくりと訪れる信州の春。はやる思いで緑を求めて
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
長く厳しかった冬の寒さが少しずつ和らぎ、凍てついた大地がわずかにゆるみ始めると、いよいよ信州にも春の訪れが。「1年で一番待ち遠しい、恋い焦がれるような季節」だからこそ、横山さんはまだ薪ストーブに火を入れているころから、いそいそと春を迎えるしつらいを始めます。
まず出合いたいのは、何といっても芽吹きの緑。「外になければ、まず家の中で」と、庭で剪定した梅の花芽を暖かな部屋でひと足早く咲かせたり、球根を掘り出して寄せ植えをしたり。春のきざしを見つけては「どうぞこちらへ」と迎え入れていつくしみます。
「春先は、名も知らぬ野の花さえいとおしくて。鉢に移してしばらく楽しませてもらい、外が暖かくなったらまた庭に返してあげるんです。植物たちのエネルギーに、私も『さあ、始めよう』と力をもらいたいのかもしれません」
窓辺にかけるカーテンも、春を感じる淡いグリーンに。実はこれも横山さんのお手製です。良質なガーゼを反物で求めて好みの色に染め、両端だけかがって吊るせば、春用のカーテンのでき上がり。
大きな一枚に縫い合わせなくても大丈夫、むしろこの時季の光を軽やかに受け止めるには、ぴったりの仕上がりです。
「染めることと縫うことは、思い立ったらすぐにできるように布や道具は手の届くところに用意してあります。家庭用染料の『ダイロン』は種類も豊富、色の名前にもワクワクします。料理の支度をする数十分の間に染められますよ」
山菜を摘みに
色を失っていた大地に芽吹く山菜は、1年で最も待ち遠しい旬の味。毎年決まった場所に摘みに行くほか、近隣の村の知人にお願いすることも。
たっぷりと出そろったこの日、1年ぶりの「再会」に横山さんもうれしそう。
「同じ緑でもそれぞれに表情が違って、いくら眺めても飽きませんね。すぐに食べるのはもったいないくらい。長い冬を越えたからこその喜びです」
枝ものを飾り、球根植物を楽しむ
遠くに望む山々には、まだ雪が残るこの時季。
緑のない世界に華やかなものを取り寄せるのではなく、ささやかでも足元にある春を楽しみたいと、室内には庭からの枝や球根があちこちに招き入れられています。
「人間以外にも動き出そうとするものが近くにあると、こちらも励まされるようですね」
窓辺の鉢には、水草の中で泳ぐめだかたちの姿もありました。
カーテンを春色に染めて手づくり
「カーテンって、一度選んだら替えられないと思っていませんか? 」
まだ保存食づくりにも追われず、ゆっくりと縫い仕事ができる春先には、カーテンも手づくり。
季節の色にガーゼを染めて、窓辺を彩ります。今回選んだ色は、春らしいオリーブグリーン。
カーテン越しに届く光の色もやわらかです。カーテンタッセルには、古いコートから外しておいたボタンが生かされました。
水鉢にお雛さまのしつらいを
夏には陶器の蟹、秋には野菊、冬は椿と、四季それぞれの表情でお客さまを出迎える玄関先の水鉢。
旧暦で桃の節句を祝う横山さん、氷が解ける3月には菜の花とともに、はまぐりにのせた小さなお雛さまを浮かべます。
「粘土細工の雛人形は、数年前に偶然手に入れたもの。高齢の女性の作とのことで、なんとも愛らしい姿が気に入っています。水鉢の上でふたりがたゆたう姿もいいでしょう」
野菜の新芽を楽しむ
「どんなささやかな緑でも、この季節はとくに大切にしたくなります」と横山さん。
切り落とした大根やにんじんも捨てずに水に浸して、台所のテーブルに置いて眺めます。
小皿にそれぞれ、ではなく、大振りなガラスの鉢にたくさん並べると、それだけで存在感が増し、景色が変わるようです。
「しばらく楽しんだら土に還し、庭の肥料としてむだなく、役立ってもらいます」
庭の野草を、鉢に移して越冬させる
オオイヌノフグリやホトケノザ、まだ知らない野の草も。小さな花がついたらうれしくなって、そっと掘り起こし、鉢に受けて室内へ。
「庭で出合うと別れがたくて、いつしか連れてくるようになりました。何気ないけれど、ふと目をひき心を和ませてくれます」
多少大胆に植え替えても、野草は強し。水を与えればすぐにピンとして元気に根を伸ばし、花を咲かせてくれるのだそう。
<撮影/山浦剛典 取材・文/玉木美企子>
横山タカ子(よこやま・たかこ)
長野県在住。長野各地の食文化を研究して生まれた保存食や、素材を生かすシンプルなレシピに定評がある。『信州四季暮らし』(扶桑社)ほか、著書多数。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです