暮らしと気持ちを成り立たせてくれる場所
わたしの暮らしは、ちいさな自分の地図のなかで成り立っています。引っ越しが多いこともあり、その度、地図を作らなければならないのですが、1度できてしまうとそのなかを行ったり来たりする毎日です。
地図にマークをつけているのは、自分にとって必要な場所。「なんだそんなこと」と思うかもしれませんが、その当たり前のことが、わたしの暮らしと気持ちを安定させてくれるのです。
真っ先に地図に書きこむのは、やはり「食」です。新鮮な野菜、焼きたてのパン、おいしいお菓子。東京は、お店が溢れるようにありますが、そのなかで出向くところは、わたしの場合、限られています。多分、知らないで通り過ぎていることがほとんどなのですが、仕事をしながら行ける時間、範囲はそう広くなくてもよく、無理をしないで、気持ちよく、出かけられる所だけにしています。
東京暮らしの新しい地図ができた
最近やっと新しい地図ができました。今は、パンは浅草、野菜は築地、あまいものは銀座、日本橋、新橋のどこか。選択肢が多く見えるのは、地名が知られているだけのことで、海や山の近くで暮らしていた時も同じくらいの範囲を動いていたので、どこにいても行動は変わらないのだと思います。以前は自分で車を運転していたのが、いまは公共の交通で移動している。そのくらいの差でしかありません。
地図上でのマークが少ないため、わたしの食事は「いつもの」ばかりです。いまは、それでいいと思うようになりました。地方の食材の豊かさを目にすると考えることもありますが、たくさんの量は食べなくてもよくなり、ひとり暮らしです。おいしく食べられ、食材をダメにしない量が、わたしには合っています。
新鮮な食材をいい状態のうちに、とも思います。材料がよければシンプルな味つけだけで充分おいしく、料理のモチベーションも上がります。そのためには、2、3日で食べ切れる量だけの買い物にするよう気をつけています。
歳を重ねるに従い、暮らしの風通しがどんどんよくなってきます。洋服、食器、家具の数を減らし、すきなものを管理しやすくすると、風がすうっと流れます。食べ物も同じ。
すっきりしているのに、食べたいものはちゃんとある
おいしくいただけるよう。体が健やかでかるくいられるよう。年々、そんな風に思うようになってきました。他の人から見たらつまらなく映るかもしれませんが、わたしはそのほうが快いのです。その心地いい位置を自分で決められるのが、歳を重ねたからこそ、なのかもしれません。
ここ数年、クローゼットがすっきりしたように、冷蔵庫のなかもすっきりしています。服を減らすと「今日、着る服がない」とならなくなったように、食べ物も「今日、食べたいものがない」とならなくなりました。不思議ですね。
食べることは生きること──。これからもつづくいきます。季節季節の恵みを受けとるため、買い物バックを手にし、大きな川に架かる橋を渡り、自分の地図を手に出かけます。
みなさんの地図は、どんなものですか?
60歳のメモ
1 変化していく体の声に耳を傾ける
2 必要な物、気持ちが上向くものを見つける
3 買い物、お料理は愉しめる範囲で
4 無理をしない
5 おいしく食べやすい工夫をする
広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、設計事務所岡昇平共同代表、other: 代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、香川を経て、2023年から再び東京在住。現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)他多数。インスタグラム:@yukohirose19