• 2024年3月の炊き出しの後も、石川県珠洲市へ通い続ける料理人の三上奈緒さん。彼女の心に残ったのは、珠洲市の高屋町。震災で一時は孤立状態になった同町で、三上さんは海女漁をする親子に出会った。海と山の恵みとともに生きる”高屋の民”からもらった非常時を乗り越えるヒントとは?

    非常のなかにある、日常

    画像: 高屋で海女さんをする「つばき茶屋」の女将(左)と三上さん(右)。白く見えるのは隆起した部分の岩

    高屋で海女さんをする「つばき茶屋」の女将(左)と三上さん(右)。白く見えるのは隆起した部分の岩

    「なくてもできる」引き出しが、自分を自由にする

    三上奈緒さん(以下三上): 石川県珠洲市の高屋というところにいまも通っているんですが、“高屋の民”たちって、たくましいんですよ。春はそこらへんに食べ物が生えているし、海に潜ればサザエがあるし。「なんとかなる」ということを知っている。

    支援をすることで知り合ったけれど、いまは彼らに心を持っていかれている。この季節は何を採っているんだろうとか、私はそれを知りたいし、学びたいと思って。

    食べ物のことだけじゃなくて、あると便利だけど「なくてもできる」っていう引き出しを自分のなかに持っているって、ものすごく自分を自由にしてくれる。水道からお水が出ないどうしよう、じゃなくて雨が降ってきたから雨水ためておくか、とか。

    そういう知恵を持っている人は本当にしなやかだと思った。

    もちろん物資は大切だけれど、なくてもできる力を身につけておきたい。

    画像: 高屋でつくった三上さんのパエリア。能登の魚介類がふんだんに使われている

    高屋でつくった三上さんのパエリア。能登の魚介類がふんだんに使われている

    「日常のなかにある幸せ」への気づき

    ——高屋の人たちの暮らしには、非常時を乗り越えられるような生活のヒントがある、ということでしょうか。

    三上: たとえば防災で、非常食を一週間分おうちに備蓄しておきましょうなんていうけど、それってその後、だれかがなんとかしてくれることが前提になっているじゃないですか。でもそうなったときに「うちには畑があるから備蓄がきれても大丈夫です」っていえたらいい。

    そういう意味で畑って、すごく防災につながる存在だと思います。

    炊き出しのあとに、高校生たちへ

    今回の炊き出しの後に、被災前後で「食」の意識がどう変わったか、高校生たちにアンケートをとったんですよ。

    腹を満たすだけなら非常食のレトルトでも、カップ麺でもできる。でも、「レトルトカレーを毎日食べると嫌いになるとわかりました」とか、「食べ物があったかいだけですごく幸せだと気づいた」とか。彼ら彼女らのなかに日常の当たり前が、当たり前じゃなかったという気づきが生まれていた。

    画像: 能登の「のとっこしいたけ」、猪肉を使った麻婆豆腐丼と、小松菜ともやしの胡麻和え。「食って体だけじゃなく心もつくるから」と三上さん

    能登の「のとっこしいたけ」、猪肉を使った麻婆豆腐丼と、小松菜ともやしの胡麻和え。「食って体だけじゃなく心もつくるから」と三上さん

    「食べる」と「道具」

    1本のスプーンが教えてくれたこと

    小川紗良さん(以下小川): スプーンに感動したっていう子がいましたよね。

    三上: そうそう。みんな避難所で何カ月も、使い捨ての皿や割り箸、プラスチックのスプーンに慣れている。使い捨てはごみがでるし、コストもかかる。

    スプーンや器は、リユース食器をシェアするサービス「Megloo(メグルー)」のものをご協力いただいたんですが、そのなかで、オムライスの日にステンレスのスプーンをつけた。

    そうしたら「年明けてから初めて銀色のスプーンで食べた!」っていわれて。

    「食べる道具だって、やっぱり大切だよねっ」て思いました。たった1本のステンレスのスプーンで、「日常」を感じるこができるということにハッとしました。

    小川: プラスチックは「被災」という現状を改めて認識させてしまう感がありますよね。

    三上: そう。使い捨ては大量のごみになるのも嫌だけど、何よりも非日常感があるから。被災者ですっていう現実を突きつけられている気分になる。だから炊き出しも、「給食」って言い換えたんです。

    その方が懐かしくて、ちょっとうれしいでしょう。

    やっぱり、なるべく日常に近いところに、持って行ってあげたかった。

    「食べる」って、ただ単に栄養を摂れたらいいってことじゃなくて、使う器や道具ひとつとっても相手を大切に扱う気持ちが表れる。

    学期修了日の子どもたちへ

    ——道具といえば、最終日の修了式の日に、三上さんが輪島塗などのお膳に珠洲の郷土料理を盛り付けた「珠洲御膳」は凄かったですね。

    三上: あれは凄かった。地元の人たちからお膳を集めて、6品×200膳。無謀でした(笑)。

    最後は、どうしても「地元の人たちと一緒に」って思って、珠洲の「つばき茶屋」のチームとつくり上げました。食材も、ほぼ能登産でそろえました。

    お膳は、混ざり合ってしまうと本人に返すのが難しいことから、「もう、手放します」というものだけを使いました。

    お膳が集まったことはうれしくもありますが、同時に寂しさもありました。道具を手放すということは、御膳をつくる機会が減るということ。家が壊れてしまったり、保管しておく場所がなくなり、手放すことになってしまった家庭がたくさんあります。

    生徒のなかには、学期終了後に金沢へ転校するという子もたくさんいて、その前に能登の文化を感じてくれたらと願いも込めてつくりました。みんなが、また能登に帰って来れるといいなって。

    画像: 珠洲市の食事処「つばき茶屋」のチームと協力してつくった珠洲御膳

    珠洲市の食事処「つばき茶屋」のチームと協力してつくった珠洲御膳

    画像: 「おいしいごはんを食べさせてあげたい」という気持ちと一緒に手渡される”給食”。この炊き出しが始まってから、登校する高校生が増えたそう

    「おいしいごはんを食べさせてあげたい」という気持ちと一緒に手渡される”給食”。この炊き出しが始まってから、登校する高校生が増えたそう

    小川: 奈緒さんの料理は本当においしそうで、つくる人も食べる人も楽しそうに運んでて、これが「食の原点だな」って感じました。単に震災の悲惨さを伝えるのでなく、そこから育まれたあたたかな情景も含めて、映像で届けたいと思っています。

    ——ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』 は被災後の映像ですが、「おいしいごはん」を高校生たちがちゃんとおいしく食べている、という空気が伝わってきたのがとても印象的でした。

    ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』の記録

    画像: 石川県立飯田高校。三上さんの呼びかけで集まったボランティアが、約180人分の”給食”炊き出しを10日間続けた

    石川県立飯田高校。三上さんの呼びかけで集まったボランティアが、約180人分の”給食”炊き出しを10日間続けた

    国内外を軽やかに飛び回り、ごはんをつくる“旅する料理人”三上奈緒さん。彼女は2024年3月、令和6年能登半島地震で被災した石川県珠洲市にある県立飯田高校で”給食”の炊き出しを行いました。そこに映像作家の小川紗良さんが密着しました。

    <取材・文/山下リョウコ 撮影/小川紗良>


    三上 奈緒(みかみ・なお)

    画像1: ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』の記録

    東京農大卒。学校栄養士、レストランを経て、旅する料理人として活動。「顔の見える食卓づくり」をテーマに、食を 通じて全国各地の風土や生産者の魅力を繋ぐ。「おいしいってなんだ?」を軸に学校授業を組み、菜園教育をする「Edible schoolyard」 に関わるなど食教育にも力を入れる。食の根源を追い求め、縄文倶楽部や、火を囲む野外キッチンをつくり上げる。雑誌『Soil mag.』(ワンパブリッシング)、『料理王国』(JFLAホールディングス)での連載やラジオ出演と活動は多岐にわたる。

    https://www.naomikami.com

    小川 紗良(おがわ・さら)

    画像2: ドキュメンタリー映像作品『NOTO, NOT ALONE』の記録

    1996年東京生まれ。文筆家、映像作家、俳優。俳優として、NHK「まんぷく」(2018〜2019)、ひかりTV「湯あがりスケッチ」(2022)等に出演。初長編監督作「海辺の金魚」(2021)は韓国・全州国際映画祭にノミネートされ、自ら小説化も手がけた。2023年1月からはJ-WAVE「ACROSS THE SKY」(毎週日曜あさ9時~12時)にてラジオナビゲーターを務めている。同年3月、活動拠点として「とおまわり」を設立し、「ときめく遠回りをしよう」をコンセプトに 読みもの・映像作品・暮らしの道具などを届けている。

    とおまわり https://tomawari.jp



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