(『天然生活』2021年6月号掲載)
「捨てないパン屋」のお話
2015年から、窯の片隅に取り忘れたもの以外、パンをひとつも捨てていないという広島の「ブーランジェリー・ドリアン」。店主の田村陽至さんは3代目で、2004年に2代目の父から店を継ぐことになりました。
しかし、ほぼ24時間体制で働いてもさほど売り上げはふるわず、売れ残ったパンはどんどん廃棄しなければならない。2012年、田村さんは自分がめざすべき方向性を見定めるため、パンの本場であるフランスへと旅立ちます。
そこで学んだのはパンのレシピではなく、ほどほどに働き、長期休暇もとれる人間らしい暮らしの大切さ、そして先人の知恵が凝縮された“文化としてのパン”という考え方でした。
帰国後は、たくさんあったパンの種類を徐々に減らしてついにカンパーニュ、ブロンという2種類に限定。その代わり、北海道十勝で生産されたビオの小麦を石臼で挽いた香り高い粉を使い、自家製のルヴァン種で発酵させ、祖父の時代への原点回帰で薪窯を使って焼くことに。
原価は約2倍に跳ね上がったものの、中に何も入れないシンプルで大きなパンはひとりで焼くことができ、人件費がかからないため、売り値は据え置きに。
薪窯は温めや温度調整に時間がかかるため、一度に75個ものパンを焼くことができる大型の窯も自作しました。
小麦粉を消化しやすくする“発酵”という先人の知恵
ドリアンでは乳酸菌と酵母菌がタッグを組んだ自家製のルヴァン種を使用していますが、これは広島で独自の日本酒づくりを手がけてきた「竹鶴酒造」の杜氏から発酵について学んだことや、パン文化について自分なりに見識を深めたことに端を発するそう。
「人間は小麦粉に含まれるグルテンを消化するのが苦手で、昨今のグルテンフリーブーム、パンは体に悪いという説もそこに由来しています。でも昔の人からしたらグルテンが消化しにくいのはとっくに知っていることで、そのうえで試行錯誤してきた歴史があるわけです。」
「グルテンはパンづくりの工程で、乳酸菌の働きによって消化吸収されやすい状態に分解されます。イーストが発明されて酵母菌だけでパンをつくることができるようになりましたが、酵母菌だけではグルテンをうまく分解できないので、人によっては体調に影響があることも。そう考えるとノバク・ジョコビッチ(*)だって、彼の先祖はパンを食べて生き延びてきたのですから、昔ながらの乳酸菌も使ったパンに戻ればよかっただけじゃないのと思うんです」
*セルビア出身のプロテニスプレーヤー。グルテンフリーの食事法を世界中に広めた。
自家製ルヴァン種を使って焼いたパンは体にじんわりとなじみやすく、ドリアンの顧客にはグルテンアレルギーの方もいるのだとか。また、食材のおいしさを相乗効果で引き立てるという特徴も。
このような気づきやノウハウは、独立開業をめざす若者に惜しみなく伝授しているそう。これまでにドリアンで学んだ研修生17人のうち、6人が独立。一粒の麦が地に落ちて芽吹き、たくさんの穂を実らせるように、全国各地で根を張りつつあるのです。
「研修生には逆に教わることも多く、師弟というより仲間だと思っています。昨年、兵庫県で『薪火野』という店を開業した中山大輔君からも、ドイツパンの成形方法などを聞いて、生かせるところは生かしました。みんなで同じレシピを共有していると、改善点が効率よく見つかるのも利点なんです」
ブーランジェリー・ドリアン
広島県広島市南区堀越2-8-22
※現在、店舗販売休業中。ネット販売のみ。
※お問い合わせ先:✉derien_info@me.com
https://derien.jp/
<撮影/森本菜穂子 取材・文/野崎 泉>