• 少しずつでも毎日コツコツ続ければ、部屋も心も磨かれていく。家庭でも取り入れられる禅式の掃除術について、僧侶吉村昇洋さんに教わりました。
    (『天然生活』2023年3月号掲載)

    「掃除が面倒」は“自分がつくり出した思考”

    掃除をするのが「面倒だなあ」と、ついつい先延ばしにしていませんか?

    それは自分の頭のなかをめぐっている考えに「とらわれている」状態だと、僧侶の吉村昇洋さんはいいます。

    「面倒だなあ、やりたくないなあというのは、自分の頭のなかでつくり出した思考です。やらない間はずっとその思考を持ちつづけることになりますが、目の前の掃除に意識を向け、行動してしまえば、思考にとらわれている状態から解放されます。やり始めれば終わりますし、終わったあとには清々しい気持ちになれるんです」

    画像: 秋冬は庭の落ち葉掃除が日課。「手を動かせば、目に見えてきれいになるのが気持ちいいです」と吉村さん。掃除の際は、作務衣を着て頭にタオルを巻く

    秋冬は庭の落ち葉掃除が日課。「手を動かせば、目に見えてきれいになるのが気持ちいいです」と吉村さん。掃除の際は、作務衣を着て頭にタオルを巻く

    吉村さん自身、掃除が好きではないし、やる気になれないこともあったけれど、禅の修行を経て向き合い方が変わったと話します。

    「禅」とは、坐禅の修行をベースにした仏教の教えです。修行を通して「いま、この瞬間」に意識を向け、自分のあり方を見つめます。

    吉村さんが2年2カ月にわたり修行をした曹洞宗大本山永平寺では、坐禅だけでなく、掃除、洗濯、炊事から食事や睡眠に至るまですべてが修行でした。とくに掃除は「動く坐禅」とも呼ばれるほど、自分の心が表れやすいとか。

    仏教における掃除の位置づけ

    一、自分の心が清まる
    二、他者の心を清める
    三、神々が喜ぶ
    四、仏道実現の土台が積まれる
    五、死後に天の世界に生まれる

    この5つは、仏教のなかで伝えられている掃除の果報(行いの結果として受ける報い)です。

    「これらの成果を求めて掃除をするのではなく、掃除をした結果、自分次第でこういったことも起こり得る。そんな風に受け止めてください」と吉村さん。

    ある経典では、三は「おごり高ぶる心を取り除く」、四は「心を整えて正しくする」と訳されています。仏教において掃除とは、人間性を高めるものだと考えられているのです。

    画像: 「美しい状態」を見慣れることが、ほかもきれいにしたい心理につながる

    「美しい状態」を見慣れることが、ほかもきれいにしたい心理につながる

    体が覚えれば、掃除が苦ではなくなる

    日常のなかで実践できる禅の教えを、私たちの家庭の掃除にも取り入れてみましょう。まず重んじるのは目の前の現実であり、行動です。

    行動を積み重ねるうちに、心のありようがどう変わっていくかを、自分で感じていくのです。

    では、どうしたら行動に移せるのでしょうか。

    「大切なのは、いっぺんにやろうとしないことです。まとめて掃除をするときれいになって気が済んでしまい、その後しばらくやらなくなります。『まとめて』は身につかないんです。そうではなく、1日10分でもいいから毎日続ける。すると体が覚えます。永平寺では毎朝回廊掃除があって、ひたすら雑巾がけをするのが最初はとてもしんどいのですが、毎日行っているうちに苦しくなくなる。その体を手に入れたとき、嫌だとか面倒だとか考えない自分になっていました。それなのにケガをして、しばらく休んだらまた振り出しに。再び身体化するまでの数カ月間がとても苦しかったので、毎日やったほうが楽だと身をもって感じています」

    画像: 両手のひらを雑巾に押しつけ、膝をつけずに一気にふく

    両手のひらを雑巾に押しつけ、膝をつけずに一気にふく

    禅の掃除術 五カ条

    僧侶の吉村さんに、禅における掃除との向き合い方を教わります。なかなか掃除する気が起きないときは、この五カ条を思い出してみましょう。

    一、「いま、ここ」に意識を向ける

    過ぎたことを思い出す、先のことに思いをめぐらす、それらは頭のなかで描かれている「イメージ」にすぎません。

    禅ではいま起きている「現実」を大切にします。掃除をするときは、ほかのことを考えたりせず、目の前の掃除だけに意識を向けましょう。

    二、考えるより、行動する

    やりたくない、などといった頭のなかでの「考え」は、ともすれば制限なく広がっていきます。それを断ち切るには「行動する」しかありません。

    少しだけでもいいから「とりあえずやってみる」。体を動かすうちに考えの悪循環から抜け出せるものです。

    三、素早く、ていねいにを意識する

    行動は、素早く、ていねいに行いますが、「ていねい=ゆっくり」ではありません。ていねいは、向き合っているものに敬意を払うことです。

    それを素早く行うことにより、余計な考えや自分の先入観、固定観念といった「我」が出にくくなります。

    四、合理的に行う

    お寺で掃除の際に雑巾がけをするのは、低い姿勢のほうが汚れがよく見えるし、力が入って汚れがよく落ちるからです。

    修行というと精神性が注目されがちですが、仕事として合理的に進めるのが大切。むだを省くことで、より多くの仕事に向き合えます。

    五、型を守る

    掃除は「上から下へ」の順で進めるのが基本ですし、ほうきで畳を掃くときは目に沿って進めます。

    それらの「型」は、合理的な理由があるからこそ、長年受け継がれてきました。型を守って進めるうちに、自分でも理由の実感がつかめるようになります。

    画像: ご本堂のように清らかな状態にあることを目指したい

    ご本堂のように清らかな状態にあることを目指したい



    〈撮影/森本奈穂子 取材・文/石川理恵〉

    吉村昇洋(よしむら・しょうよう)
    曹洞宗(そうとうしゅう)八屋山普門寺の副住職。公認心理師、臨床心理士として精神病院のカウンセラーも務める。駒澤大学大学院で仏教学を、広島国際大学大学院で臨床心理を学び、曹洞宗大本山永平寺の修行を経て現職に。著書に『心とくらしが整う禅の教え』(オレンジページ)、『精進料理考』(春秋社)などがあり、仏教の教えや精進料理を伝えている。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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