(『天然生活』2020年3月号掲載)
心のままにチクチクと、繕いの行方は針に聞く
「お気に入りほど、穴があく」
井上さん、けだし名言です。はき心地がよくて、洗濯が終わるとまたすぐにはいてしまう靴下。気づけば10年以上も着つづけているコートの裏地。
さて、そんなかけがえのないものにほころびを見つけたとき、井上さんはがぜん、やる気に燃えるのです。
「よし、わかった。いままで以上にかわいくしてあげるからね」
とりあえず、針と糸。手が動くままに穴を埋めていきます。繕ううちに、鼻歌のひとつも飛び出して、何だか楽しくなってくる。
白い糸がなくなったから、途中からは赤い糸でチクチクと。するとどこかの国旗のような雰囲気になりました。
かかとにあいた大きな穴は、裏から布を当てて、その上からサクサクチクチク針を刺していきます。
完成形なんて見えていません。
まさにそれは、「考えるな、感じろ」の域。針を刺し切った終わりに見える景色は、いったいなんなのか? 正解なんてものはないから、繕いものは面白いのです。
「適当、適当」といいながら、楽しげに手を動かす井上さん。
心のままに手を動かしてでき上がったものは、正真正銘、世界にたったひとつ。
まっさらにきれいだったころよりもいとおしい存在になって、日々の暮らしに寄り添うさらなるお気に入りになるのです。
右も左も個性的。足裏自慢できる靴下

右つま先側の穴は白糸でダーニング。途中で糸が足りなくなり、赤で続きを。
左右かかとの穴は、ブルーの当て布をしてさまざまな色糸で補強。
「飛び出した靴下の繊維も一緒に縫い込んだら、布と一体化していい風合いに」
アンシンメトリーに星をちりばめて

気づかぬうちに汚れが付いた真っ白なブラウス。
「どこでどう付いたのか、グレーの点状の汚れがあちこちに」
そこで考えたのが汚れを小さな刺しゅうで隠すこと。
擦り切れていた衿元にはブランケットステッチを施して。
シンプルなエコバッグに私だけの印

毎日使っているものだから、いつのまにか持ち手が擦り切れてしまったコットンのエコバッグ。
傷んでいるのは一部だけ。そこで、さわやかなストライプの布でぐるりと包むことに。
赤いステッチがさりげないポイントに。
コートを脱いだら、ちょっと技アリ

着つづけているうちに、裏地がビリリ。
同系色の布にミシンでジグザグに飾りステッチを入れ、それを穴にアップリケ。
「裏地には手で縫い付けていますが、飾りステッチの縫い目を利用すると手縫いの縫い目もカムフラージュできました」
働きものにはりんごのごほうび

毎日働くリネン。「穴があいたら、さようなら」ではあんまりだから、ちゃんとふさいでもうひと働き。
「てんとう虫にしようかな?」と繕いはじめたけれど「やっぱり、りんご!」と予定変更。
ねぎらう気持ちのかわいいごほうび。
繕いの相棒

メリーゴーラウンド型の缶には、あふれんばかりの色とりどりの刺しゅう糸。
家でもライブ刺しゅうでも使う、いつも一緒の宝箱。
さらにダーニング用のマッシュルームと、友人の木工作家さんと羊毛花作家さんの合作の針山も。

繕いものをする手は、楽しげに動く。おしゃべりしながら、笑いながら。
<撮影/千葉亜津子 取材・文/福山雅美>
井上アコ(いのうえ・あこ)
ハンドメイドの洋服ブランド「Kecil-Pohon(クチル・ポホン)」主宰。子どもが描いた絵を楽しいおしゃべりとともにその場で刺しゅうに写す「ライブ刺しゅう」が大人気。http://www.kecil-pohon.com/
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです