• 2024年10月に発表された、小川糸さんの最新小説『小鳥とリムジン』(ポプラ社)。信州の自然の中に移り住んでから書いた初めての作品です。人生で深く傷ついた時、どのように自分自身を癒し、新しい一歩を踏み出していけばいいのか。人と関わることの難しさや素晴らしさとは? 小川さんが作品に込めた思いや、いま考えていることについてじっくり伺いました。自分は恵まれていない、と感じることがあっても、自分次第で自然治癒力は引き出せるはず。

    『小鳥とリムジン』あらすじ

    家族に恵まれず、生きる術も住む場所もなかった女性・小鳥。過去の経験から他人と接することに抵抗がある彼女は、誰とも接せず、18歳の時から父親と名乗る「コジマさん」を介護して暮らしていた。しかしコジマさんが亡くなった日の帰り、小鳥はずっと店前の香りに心惹かれていたお弁当屋さんのドアを開けてみる。そこで小鳥が出逢ったのは……。(ポプラ社HPより)

    画像: 作家・小川糸さんインタビュー「“親ガチャ”や苦難があっても、何度でもやり直せる力を人間は持っているはず」最新作『小鳥とリムジン』に込めた想い

    自分次第で、自然治癒力はきっと引き出せる

    −−−−小鳥はお弁当屋さんの店主、理夢人(リムジン)との出会いによって少しずつ傷ついていた心と体を取り戻していきます。理夢人はそんな小鳥の心を開き、焦らずにそっと寄り添ってくれる存在で、こんな人に出会いたい!と思う読者も多いと思います。理夢人という人物に込めた思いとは?

    理夢人は、理想の男の子。こんな男の子が世の中にもっと増えたらいいなという思いで書きました。理夢人自身も決して恵まれた環境に生まれたわけではないのですが、すごく前向きに生きている。最近は「親ガチャ」なんていう言葉もありますが、誰から生まれたかということより、誰に育てられて、どんな愛情を向けられたかで人は変われるのだと思います。

    転んでしまったときに、もうダメだと思ってそこで諦めるか、もう一回立ち上がって上を向いて歩き始めるか。それはその人が持って生まれた性格や癖もあると思います。理夢人は、転んでも起き上がる力、自然治癒力が元々強い人だと思うんですが、たとえそうでない人であっても、イメージトレーニングをしたりして自分の癖を変えていくことはできるはず。生きている限り、自分次第で本来持っているはずの自然治癒力を引き出していけるのではないでしょうか。

    画像1: 自分次第で、自然治癒力はきっと引き出せる

    −−−−理夢人がつくるお弁当や食事も、小川さんのこれまでの作品に出てくるごはんと同じように、本当においしそうです。

    やっぱりごはんをおいしく食べられるってすごく大事。ごはんをおいしく食べるということは、それ自体が生きようとする力だし、自然治癒力を磨く大事な方法だと思います。

    画像2: 自分次第で、自然治癒力はきっと引き出せる

    自分の目で見て、体で感じないと分からないこともある

    −−−−おいしそうなごはんをつくるところや、山に入って自然に向き合うところなど、理夢人の姿はいまの小川さん自身と重なる部分も多いように感じました。

    私が森で暮らすなかで自然に教えてもらったことは反映されていますね。たとえば理夢人がユリの花について小鳥と話す場面があるのですが、あの部分は私が心の底から感じたことです。

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    「僕は、正直苦手だったの。なんか、自分が自分がっていう自己主張が強い感じがして、香りも強すぎて」

    理夢人が言った。

    (中略)

    「でもさ、ある日、僕は人里離れた静かな森の中で、一輪のユリと出会ったんだ。そのユリは、人知れず、木陰でひっそりと咲いていたんだけど、その姿が、ものすごく生命力に溢れていて、魅力的で、まるで妖精みたいだった。僕はその姿を見て、号泣しちゃったの。あんまりにも気高くて美しいから。

    それで気づいたんだ。花屋さんで売られているユリの花は、本来の姿ではないんだって。」

    『小鳥とリムジン』より

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    世の中について分かったつもりになっていることって多いと思うんですが、実際には自分の目で見て、体で感じないと分からないことってたくさんある。理夢人はそういう一つひとつを皮膚感覚や五感を通して自分のものにしているんですよね。

    私自身も、森で暮らすようになって、そのことの大切さを実感しています。本来は、そういうことだけが積み重なって、一人ひとりの人間をつくっているのでは。そう考えると、五感をしっかり使って生きていきたいと思うんです。

    画像: 自分の目で見て、体で感じないと分からないこともある

    人をいやすことで、自分自身もいやされていく

    −−−−物語の中では、主人公の小鳥の姿を通して「自分は辛かったのだ」ということに気づく重要性が書かれています。自分自身の辛さを認めて、自分自身をいやすことはどうしたらできると思いますか?

    先日、アロマテラピーのレッスンで、先生にアロマオイルを使ったハンドマッサージをしてもらったんです。そのとき、自分がものすごく大切に扱われている気持ちになりました。人の体温を通じて、そうしたことを実感したのだと思います。

    もちろん、必ずしも体に触れなくても、たとえば会話をするだけでもいい。誰かと関わらないと、自分が本当に存在しているのかどうかが分からなくなることってあると思います。1人でもいいから信頼できる人に出会って、その人と関わることで、自分の存在をあらためて実感できるし、それが自分の辛さに向き合うことにもつながっていくと思います。

    小鳥も理夢人と出会って「それは辛かったね」と共感してもらえたことで、初めて自分の辛さを認識することができたのだと思います。人との出会いというのは本当に大きいもの。信頼できる人と出会い、その人に身を委ねることで自分自身がいやされていくんですよね。

    自分自身をいやすためには、人をいやすというのもとても有効な手段だと思います。たとえばハンドマッサージをしたり、ごはんをつくってあげたり、何でもいいと思うんです。自分が相手に何かをしてあげているつもりでも、同時に自分自身がいやされている面は必ずある気がします。そうした淡い心のやり取りに焦点を当ててみること自体も、自分をいやす力になるのではないでしょうか。

    画像: 人をいやすことで、自分自身もいやされていく

    取材・文/嶌 陽子 撮影/ミズカイケイコ


    小川 糸(おがわ・いと)
    1973年生まれ。2008年のデビュー作『食堂かたつむり』がベストセラーに。以来、『ツバキ文具店』『ライオンのおやつ』など30冊以上の本が世界各国で出版されている。『別冊天然生活 小川糸さんの春夏秋冬を味わうシンプルな暮らし』は5刷に。最新作は『小鳥とリムジン』(ポプラ社)。

    『小鳥とリムジン』(小川 糸・著/ポプラ社・刊)

    『小鳥とリムジン』(小川 糸・著/ポプラ社・刊)

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