(『天然生活』2024年6月号掲載)
“持たない”暮らしの智慧
身軽に暮らしたい気持ちはあっても、いざものを減らしたり、欲しいものを我慢したりするのは、そう簡単ではないと思っている方も、多いのではないでしょうか。
禅の教えを伝える枡野俊明さんは、まずは「行動すること」が大切だといいます。
「禅は哲学に近いものでありながら、その論理を体で実践することに、何よりの重きを置いています。体感するからこそ、自分のものとして会得できるのです。禅語の『冷暖自知(れいだんじち)』は、それを表した言葉。目の前にある水の温度は、見ていてもわからないけれど、手を入れて感知すればすぐにわかります。ものを持たない暮らしも、行動してその気持ちよさを体感できれば身につくのではないでしょうか」
禅寺で修行する僧侶たちには、一畳分の居場所と、布団や衣服をしまう小さな棚が与えられるだけだとか。それでも、数カ月に一度、持ち場を移動しながらの修行生活を送るうちに、荷物が少ないほうが身軽だと会得します。
「慣れてしまえば、持たない暮らしは苦ではなく、非常に心地いいのです」
現代は、物だけでなく情報もあふれていて「欲」を刺激されることばかり。
その対処法を踏まえつつ、禅の視点から持たない暮らしの智慧を紹介します。
持たないことの冥利
持たない暮らしによって、私たちの心にはどんな変化が生まれるのでしょうか。
身を置く空間を掃除することで心が清らかになる

禅では、掃除は坐禅と同じくらい重要な修行です。掃き掃除は自分の心を掃き清めることであり、床磨きは自分の心を磨くこと。
自分が身を置く空間と心は相関関係にあり、空間がきれいになれば、心もすっきりします。
日常においても、掃除をして嫌な気持ちになる人はいないはずです。
それなのに、片づけや掃除を面倒だと感じるとしたら、労力をかけることを損だと思っているからでしょう。また、心が乱れているから、部屋も乱れたままにしてしまうのです。
「禅即行動(ぜんそくこうどう)」という言葉があるように、頭であれこれ考えるよりも、まずは体を動かすこと。
空間が清らかになれば、おのずと心も清らかになっていきます。
「持たない」ことで、心が自由に、軽やかになる

ものがあることは豊かで便利に思えるかもしれませんが、使い切れていないものを持っているとしたら、それは無用の長物です。スペースを占領し、生活を窮屈にさせています。
禅では「身心一如(しんじんいちにょ)」といって、体と心は一体です。体が窮屈ならば、心まで窮屈になっていると考えます。
身のまわりのものを削ぎ落としていくことで、心の負担も削ぎ落とされて自由になります。その心地よさを体感すれば、さらに少しずつ持たない暮らしに近づいていけるでしょう。
もしも手放せないものがあるとしたら、背景には何か執着があるのかもしれません。
だからこそ、ものを手放せれば執着も手放せたことになり、心が軽やかになるのです。
心を豊かにしてくれるのは、「量」ではなく「質」

人間の知覚は、その8割以上を視覚から得ています。だから坐禅を組むときには「半眼」といって下を向き、視界に入る情報量を減らします。ものがたくさん見えることで、心が乱れるのを防ぐためです。
日常においても、視覚から入るものの量を少なくすれば、心は穏やかでいられるでしょう。とはいえ、単にものの量を少なくするだけでは、暮らしが味気ないものになりかねません。
たくさんの量を持たない分、少数精鋭で質の高いものを選ぶのはいかがでしょうか。とくに年齢を重ねてきた人は価値を見分ける力を持っています。
すっきりした台所で使うのは、上質な焼き物の器だけ。そんな暮らしに、本当の豊かさを感じられるはずです。
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<監修/枡野俊明 取材・文/石川理恵 イラスト/松栄舞子>
枡野俊明(ますの・しゅんみょう)
曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学名誉教授。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。『禅、シンプル生活のすすめ』、『心配事の9割は起こらない』(ともに三笠書房)、『禅の心で大切な人を見送る』(光文社)ほか著書多数。http://www.kenkohji.jp
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです