• 26歳で、日本人初の国際バレエコンクールで金メダルを受賞。以来、世界を舞台に、屈指のプリマ・バレリーナとして活躍。いまなお観客を魅了しつづける、森下さんの創造の原点を伺います。『天然生活web』に掲載された記事の中から、8月におすすめの記事を紹介します。
    (『天然生活』2016年9月号掲載、『天然生活web初出2020年8月6日』)

    平和を願い、踊りつづけて

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    続けたらきっとできるようになると信じる強さをもって

    バレエは魂で踊るもの。技術より心の美しさが大事

    東京・渋谷、満席のオーチャードホール。「ロミオとジュリエット」の主役として全幕を踊りきった、松山バレエ団のプリマ・バレリーナ、森下洋子さんは、惜しみない拍手喝采を一身に浴びていました。

    観客全員がその笑顔と躍動感あふれるエレガントできめ細やかな踊りに魅了されたことが伝わる、割れんばかりの拍手でした。

    67歳にしてなおトップを走りつづける森下さんは、実際にお会いすると、ざっくばらんで率直、驚くほどフランクな人でした。

    画像: 自身が団長を務める松山バレエ団・本部の稽古場「Museion(ムーセイオン)」にて。ハナエモリのショールを羽織り、柔らかな笑顔をカメラに向ける。「クーラーを止めているので、暑くてごめんなさいね」と細やかな周囲への気配りも

    自身が団長を務める松山バレエ団・本部の稽古場「Museion(ムーセイオン)」にて。ハナエモリのショールを羽織り、柔らかな笑顔をカメラに向ける。「クーラーを止めているので、暑くてごめんなさいね」と細やかな周囲への気配りも

    「私は、けっして器用ではないんです。体が弱かったので、体力づくりのために3歳からバレエを始めましたが、バレエにかぎらず体育も勉強も、みんなより上達が遅いし不器用なの。ただ、母が『どうしてできないの』と一切いわない人でした。みんなに遅れてもかまわない。一生懸命やれば、必ずできるようになると信じて、ここまでやってこられたのは、母の影響が強いかもしれませんね」

    森下さんは現在、松山バレエ団の団長を務めています。

    総代表は、夫の舞踊家、演出・振付家の清水哲太郎さん。併設の松山バレエ学校は全国に多くの支部をもち、幼児から大人まで、たくさんの生徒が通っています。

    ここで大事にしているのは、技術とともに心の豊かさです。

    「技術だけではだめなのです。バレエは魂で踊るもの。感謝、思いやり、人を愛する気持ち、いたわり。心は踊りに出ます。ですから、心を豊かにすること、つまり心を育てることを大事にしているのです。世界中をまわったけれど、『ひとりでは何もできない。みんなでやっていきましょう』という、うちのようなバレエ団は、ほかにないようですね」

    画像: 年間300足も履きつぶすというトゥシューズ。およそ1日1足の計算で、いかに稽古がハードかが伝わってくる。新品に替えるときは、必ず古いシューズにお礼をいう。だれよりも物を大事にするその姿は、松山バレエ団員の間でも知られており、技術だけでなく心の教育を重んじる当団の思いがあらわれている

    年間300足も履きつぶすというトゥシューズ。およそ1日1足の計算で、いかに稽古がハードかが伝わってくる。新品に替えるときは、必ず古いシューズにお礼をいう。だれよりも物を大事にするその姿は、松山バレエ団員の間でも知られており、技術だけでなく心の教育を重んじる当団の思いがあらわれている

    うちの子は体が硬いから向いていないのでは、才能がないのでは、と不安になる保護者は少なくありません。

    森下さんは「先に決めないで」といいます。

    「続ければ必ずできるようになる。なにより、私がそうでしたから。10年、20年やっていれば力もつくし、心も育ちます。最初からこの子には無理と思いながら育てるのと、いつか絶対できるようにになる、と思って育てるのとでは結果が大きく違うでしょう? ですから、できないでメソメソしている子がいると、絶対できるようになるから、やってごらんなさいと、気にかけてあげます。すると、安心して、それが励みになる。信じることが大事なのです」

    時間のかかるお仕事ですね、というと、にっこりほほ笑んで、こんな答えが返ってきました。

    「ええ。でも心が育つのに時間がかかるのは当たり前ですから。私自身も、いまだに団員からたくさんのことを、日々、学んでいます。バレエも同じ。今日より明日、あそこをこうしよう、ここをこうしてみようと、完成することがありません」

    画像: トゥシューズの裏には「MORISHITA」のサインが。身長150cmに対して24.5cmの大きな足は世界で勝負する武器に

    トゥシューズの裏には「MORISHITA」のサインが。身長150cmに対して24.5cmの大きな足は世界で勝負する武器に



    〈撮影/本間 寛 取材・文/大平一枝〉

    森下洋子(もりした・ようこ)
    1948年、広島市生まれ。3歳からバレエを始め、日本人初の国際的なプリマ・バレリーナに。舞台芸術で最も権威のある英国ローレンス・オリヴィエ賞を日本人で初受賞。夫は舞踊家、演出・振付家の清水哲太郎。祖母、母ともに被爆者であり平和への希求は強い。

    大平一枝(おおだいら・かずえ)/取材・文
    文筆家。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・失われつつあること、価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)、『そこに定食屋があるかぎり』(扶桑社) 、『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』(毎日新聞出版)など。『東京の台所2』(朝日新聞デジタル「&w」)連載中。
    HP:「暮らしの柄」
    https://kurashi-no-gara.com
    X:@kazueoodaira
    https://x.com/kazueoodaira
    インスタグラム:@oodaira1027
    https://www.instagram.com/oodaira1027

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



    This article is a sponsored article by
    ''.